やはり、
特別な場所なんだ。
春の気配は遠かった。
そんな高原を訪れた理由は、
実にシンプル極まりない。
このGRB型インプレッサWRXと、
オリジナルのビルシュタインダンパーが、
どんな相乗効果を生むのか。
それを試すことが目的だ。
激しい雨の合間を縫って、
高原に辿り着いた。
あても無く走るうちに、
大きなカラマツ林が現れた。
そこで、
微妙な光の加減が生まれ、
佇むインプレッサを美しく染めた。
高原の光は、
思わぬ景気を作り出す。
雨だからこそ、
濡れた肌が美しい。
なんとも表現しようのない、
ときめく様な艶やかさを放つ。
まるで夢の中に居るようだった。
なぜか林の中に、
忽然とリンゴの木が広がっていた。
更にその奥へ行くと、
プルーン畑が現れた。
夢の中へ誘われ、
朧気な感覚に包まれた。
思わぬ世界が、
偶然目の前に現れた。
後で分ったのだが、
ここは開田ファームの経営する、
農場の一部だった。
オーナーの田中さんは、
開田に移住して大規模なブルーベリー畑を作り、
更にリンゴやプルーンやスグリなどの栽培を試みている。
寒暖差の大きい気候を活かし、
商品作物の可能性を探っている。
開田を愛するフォトグラファー、
二宮和年さんの働く職場でもある。
木曽馬の郷で、
「こぶし」が開花した時も、
この時と同じだった。
何かに誘われるよう引き寄せられ、
知らぬ間に佇んでいた。
開田高原には、
他とは違う力がある。
それが色々な場所と、
違う時間軸でも繋がっている。
さて、
このクルマには、
ビルシュタインの車高調整式ダンパーPSS10を装着した。
減衰力も10段階に調整できる。
北原課長の好みは
前後とも中間値のセッティングだ。
地上高を20mmほど下げた。
あまり地上高を下げると、
不陸の多い高原ではネガが増える。
20mmくらいが適切だ。
クリアランスと、
スタイリングのバランスが良い。
実用上の問題はほとんど無いが、
いつもの調子で走ると顎を打つ事があるので、
エアロパーツ装着車には注意が必要だ。
倒立式のダンパーに替え、
姿勢を下げると、
ハンドリングにすぐ反映する。
舵を当てた時の反応も良く、
とても魅力的なフォルムになった。
まるで路面に吸い付いたように、
気持ち良く思ったラインを走る。
濡れたワインディングロードを、
ミズスマシのようにスイスイ舐めるように走った。
開田高原は不陸に富んだオールターマックだ。
そこをスムーズに駆け抜けて、
このクルマの良さがしみじみと解った。
開田高原のワインディングロードは心地よい。
まるでコルシァのように崖っぷちもある。
ここはインプレッサWRXにとって、
まさに最適なロードコンディションだ。
終始安定した走行で、
縦横無尽に駆け巡り、
最適なセッティングだと確認した。
海外でも評判の高い、
車高調正式のビルシュタインダンパーは、
国内に於いて初めてのリリースとなる。
インプレッサWRXSTIが、
ビルシュタインPSS10国産車装着第一号となった。
税込み価格は1台分291,900円と、
30万円を切る意欲的な値付けだ。
これを1本あたりに換算すると、
スプリングも付いて69500円と、
大変お買い得な設定となる。
走りの印象を、
例えばS402と比べてみよう。
これはSTIの作ったコンプリートカーの中でも、
最もプレミアムな走行性能を目指したクルマだ。
STIのリリースするクルマは、
完成され尽くしたコンプリートカーなので、
それ以上手を加えようが無い。
下手に手を入れると、
磨き抜かれた性能に陰りが出るほどだ。
素晴らしいS402と比べても、
なかなか負けない質の高さを見せる。
また最も軽量な「素」のインプレッサも、
比較の対象としてオモシロイ。
自然吸気エンジンで、
軽い5速マニュアルミッションと、
前輪駆動を組み合わせたイプレッサは、
また違う楽しみを持つからだ。
能力の全域を、
思いっきり引き出す楽しみがある。
WRXのベースとなった、
GH2型FWDから最大限のポテンシャルを引き出すと、
インプレッサの素晴らしさが体中に染み渡る。
このようにベース車が面白いと、
自分好みに染めたくなるものだ。
GRBに充分なコストをかけたパーツを与え、
自分好みのに仕立てることは、
インプレッサが好きなスバリスト達に、
共通する趣きかもしれない
最新のかわら版でも、
GDB型インプレッサの最終モデルと、
中津スバルオリジナルのB&Bサスを装着した、
STIコンプリートのS203を比較した。
ダンパーと一口に言うけれど、
これほど奥が深いものは無い。
GRBの変化を見て欲しい。
まずまずばねもダンパーも標準のままで、
スプーンコーナーに進入した時の画像だ。
若干ロールして前のめりになっている。
次にPSS10を装着してから、
同じ場所で撮影した画像だ。
晃かな変化があり、
リニアな操舵応答性と、
安定した姿勢が体感できた。
スプーンコーナーという、
いわばピンポイントな場所こそ、
走行能力の向上がはっきりと解る。
さて、
話を戻す。
朝早くから高原テス向かって、
国道19号から左折し御嶽山を目指した。
すると三岳辺りで急に天候が悪くなり、
いきなり土砂降りの洗礼を受けた。
PSS10はしなやかにストロークして、
ヘビーウエットな路面を上手に掴む。
そして路面のアンジュレーションを、
奇麗にいなしながら矢のように走る。
試せば試すほど、
倒立ダンパーの効果を大きく感じた。
良く動いて従順なダンパーは、
タイヤのグリップを逃がさず、
ステアリング操作にムラが出ない
乗り心地が良いから、
まさに飛ぶように走るのだ。
コクピットは基本的にインプレッサ1.5iと同じだ。
けれども、
インストルメントパネルには様々な工夫が凝らされている。
正味400万円以上のクルマと、
正味100万円台のクルマでは、
求められる価値が大きく違う。
だから同じベースだと感じさせないように、
様々な工夫か織り込まれている。
メーカーラインで装着したナビは、
後付のナビとはクオリティが違う。
オーディオはステアリングコントロールが可能だ。
とても扱い易かった。
開田のクルマ好きに一声掛けた。
本多さんは建設会社を営みながら、
開田高原の発展にご尽力されている。
彼にステアリングを預けた。
雪深い地域に住む人は、
概ね運転が上手い。
無駄の無いステアリング捌きと、
適切なブレーキングでGRBを操った。
開口一番、
「なんて良く曲がるクルマだ!」
インプレッサWRXの本性を愉しんで戴き、
その後も悪天候下でサスの性能を確かめた。
鋭気も養う必要がある。
あえて起床直後から水一滴すら飲んでいない。
胃袋に一切何もない状態で、
やまゆり荘まで我慢した。
ここで飲泉すると、
含まれた鉄分や炭酸が、
はらわたに沁み込む。
コップ一杯程度で、
内臓全てに染み渡るように効くのだ。
そして温泉を出た後、
漬物を食べる。
ここの食堂は、
岩魚の天丼など、
美味しいオリジナルメニューを沢山用意している。
その中でも、
漬物のうまさは群を抜いている。
大根、
ニンジン、
キュウリなど、
素材の持つ旨味が活かされている。
ニンジンが甘くて美味しい。
漬物にすると、
本来もつ甘味が最高に出るようだ。
そして真打ちだ。
もう見ただけで涎が出る。
白菜の漬物だけでどんぶり飯が一杯食える。
が、
それは我慢だ。
自販機で300円払い、
ふき味噌豆腐を購入する。
ふき味噌の味は、
一度食べると病み付きになる。
〆て700円。
ステキな自然食だった。
「大地の恵」を食べて外に出たら、
すっかり明るく晴れ渡っていた。
また元気に開田高原のワインディングロードを走り回る。
これまで、
ここでは主に、
後輪駆動(FR)車をテストした。
ユーノスロードスター、
S2000などを思いっきり走らせた。
ハンドリングをチェックするのに、
とても相応しいスポットなのだ。
同じようにGRBを走らせたところ、
ハンドリングに優れたFR車が霞むほど、
素晴らしいクルマになっていた。
雄大なクルマだ。
この時、
頭の中に突然浮かんだ。
この山体は本当の姿じゃない。
小学生の頃から御嶽山は、
よく理科の授業で取り上げられた。
地層を観察すると、
中津川一帯にには、
火山礫や溶岩の含まれた地層が点在する。
人間が現れる前の、
古い時代の地層だ。
その痕跡は、
御嶽山の大噴火で出来たのだと教えられた。
中津川から見ると、
御嶽山は高くそびえ立つ火山の姿をしている。
ところが、
ここから見る姿は、
それと全く異なりゆったりと安定している。
御嶽山は一つではなく、
山頂と火口を持つ台形の山体構造だ。
積層火山と言って、
構造的には脆いが沢山の水を含む。
この一帯には、
阿蘇山のようなカルデラが全く見当たらない。
ところが山頂から台形の山を俯瞰すると、
内側にカルデラがある。
その辺りからは、
毎日水蒸気が凄い勢いで噴出し、
硫黄臭が激しく漂っている。
御嶽山の知られざる、
かつ火山としての一面だ。
このエネルギーが、
何万年間も蓄積し、
一気に爆発したと仮定しよう。
太古の地球をイメージして、
大爆発の前の山体を想像した。
この大きさで吹き飛べば、
中津川の辺りまで、
大量の火山弾や火山灰を飛来させても不思議ではない。
流れ出した溶岩は木曽川に乗り、
冷えてもなお下流まで流れたはずだ。
何となく見ていたけど、
この時どうした訳か突然閃いた。
19歳の頃、
富士山麓で1年間暮らした。
晴れた日には、
毎日美しい富士山を眺めていた。
それより遙かに高く、
5000メートル級の巨大火山だったのかもしれない。
今の山頂に残るカルデラは、
その名残なのだろうか。
そう思うと、
あそこに登ることが、
何故信仰に繋がるのか分かる。
とてつもないエネルギーが、
今も脈々と蓄積する場所だから、
気を感じ惹き付けられるのだろう。
行けば必ず元気になれる。
帰ってくると昨日とは違う自分がいる。
昨年登った時に持ち帰った石を、
日曜日にやって来た友人に贈った。
タイチ君と、
22Bに乗る光岡さんに差し上げた。
そこに行かないと、
絶対に手に入らないが、
自分で行かないと効果が無い。
だから、
迷惑なことをしたかもしれない。
お昼になり、
最高の楽しみが目前になった。
ここの蕎麦は美味い。
中西屋の暖簾をくぐると、
味だけでなく、
姿勢そのものに、
「ピッ」っと一本の線が入っている。
玄関の左側が「そばうち小屋」だ。
中西屋の蕎麦から、
独自のレシピを感じる。
店内も綺麗で統一感があり、
センス良くまとめられている。
平日しか訪れないので、
土日や行楽シーズンの繁忙期を見た事が無い。
それはそれは凄いらしい。
座敷には、
いつ来ても座布団がキチッと敷かれており、
見るからに気持ちが良い。
とても特徴ある美味しい蕎麦だ。
この地方において、
一人前が二段重ねであることは常識だが、
他所からくると戸惑うらしい。
一人前1300円だ。
「盛り」が良いので、
蕎麦好きにとって非常に良心的だ。
味の特徴は、
「もっちりフワフワ」
この感触をどう創り出すのか。
ステキな味わいだ。
そのままワサビを絡め、
生(き)のままいただく。
何も付け無い方が、
香りがよくて、
甘い味が程良く染み出る。
口に含むんだ瞬間に、
まず芳醇な蕎麦の香りが、
咽喉から鼻腔にパーッと広がる。
次に舌で丸めこみながら、
奥歯で噛み締めると、
蕎麦のキュッとした歯応えを感じる。
その瞬間に、
何とも柔らかな、
フワッとした微妙な食感が、
ホッペの内側で踊りだす。
秘密は「つなぎ」かな。
何か秘伝があるのは間違いない。
この蕎麦はここでしか食べる事のできない、
特別な味を持つ。
素の味を楽しんだ後で、
今度は開田の汁を愉しもう。
開田は汁が甘い。
というか、
「かえし」がでしゃばり過ぎない。
それを味わおう。
淡いイメージの汁に、
蕎麦をドップリ浸す。
江戸前じゃ考えられない喰い方だ。
ジャブジャブつけ、
ドンドンすすりこむ。
こちらが中西屋のあるじでもあり、
開田アイスクリーム工房の役員でもある森田さんだ。
開田に名物をもう一つ作ろうと、
アイスクリーム工房を立ち上げた時の
創業社長も務められた。
食への拘りが、
開田の名物を産み出している。
腹を満たした後、
木曽馬の里に移動し、
腹ごなしのウオーキングを愉しんだ。
平日はひっそりしているが、
木曽馬が2頭生まれたというニュースを聞いて、
報道陣が訪れていた。
残念だが「1頭死んでしまった」と聞いた。
度重なる人間の品種改良が、
安定した遺伝子を作れない、
ひとつの原因になったのだろう。
駐車場に車を置き、
こぶしの樹に近づく。
花芽が膨らんでいるが、
開田の春はまだ遠いなぁ。
そう思って上方に目を向けると、
花が咲き始めていた。
開花の瞬間など、
滅多に見られることではない。
良い経験が出来た。
感謝しよう。
コナラの芽吹きも始まったようだ
こちらから元気をもらうのには、
あまりの痛々しさに胸が痛む。
コナラにとって、
人間の悪性腫瘍と同じくらい恐ろしい相手がいる。
それが海面腐朽菌だ。
でも、
こいつらがいないと木材が分解せず土に還れない。
生きた樹木に獲り付くのは、
免疫力が下がってる証拠。
取除いたはずなのに、
また次々と枝を侵す。
こうなると、
悪い部分を切除し、
生き長らえさせるしか方法は無い。
でも対症療法ではなく、
抵抗力を高めないと、
本当の治癒にはならない。
抵抗力は免疫を高め、
樹勢を取り戻すことで強くなる。
そのためには、
細根のイオン交換力を強くする必要がある。
そのためには、
あたり一面に生えている、
野芝やクローバーを剥ぎ取り、
土壌改善して発酵させるしか手立てはない。
体力は簡単に戻らない。
この樹だけでなく、
望桜荘の周辺の樹木にも当てはまる。
枯葉が付いたまま、
朽ち落ちた枝を見たとき、
悲壮感を感じる。
枯葉を枝から散らせるのに、
樹木は随分体力を使うようだ。
その瞬間を見たと、
二宮さんが話してくれた。
樹木には意思があり、
その力で落葉させると彼は言った。
その体力が失せたから、
このようになったのだろう。
木曽馬の家に行くと、
お利口な顔をして、
お客様を待っていた。
厩舎を通り抜け、
馬場に行くと仔馬が居た。
こんなに大きくなって、
元気良く走り回るのに、
この柵を超えられずオドオドしていた。
すると母馬がそばに来て、
ちょっと叱られた様だった。
また、
あわてて違う方向に走っていく。
小さいとはいえ、
やはり馬だから走りに迫力がある。
テレビの取材クルーと、
行く先々でバッティングした。
それにしても、
人懐こくて可愛い。
まるで動くぬいぐるみだ(笑)
まだまだ乳離れできないようだ。
お母さんから離れられない。
でも、
何事にも興味津々で、
駆け回る様子は、
いくら見ていても飽きることが無かった。
この光景を見るだけでも、
開田高原に来る価値がある。
開田を後にして、
木曽福島まで一気に駆け下りた。
開田の春は、
まだ少し遠かった。
でもここには、
過ぎ去ったはずの春が残っている。
まるで時間を取り戻すように、
風景が過去へと遡った。
至福のひと時を、
スバルと共に楽しんだ。
素晴らしい瞬間が、
いたるところで待ち受けている。
様々な桜が競うように咲いていた。
このクルマ、
まだ3400kmと少し走っただけ。
まだまだ新車のの皮を破れない。
この先、
どのように変化するのだろうか。
楽しみで楽しみで、
血が騒ぎ始めた。