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完結編:「スバルS308」3号機の誕生とWRC復帰について

初めに明確にしておく。
これはレプリカというモノだ。
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それに対して、
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これには強烈なオマージュを感じる。
そもそも男には強い憧れというものが、自我が芽生えたころから生まれる。
それは野球選手など、具体的な人物が対象になることが多い。

ちなみに小学生の頃湯川秀樹という科学者は憧れの的だった。

まれに、人間以外が憧れの対象になることもある。

うちの息子は小さかった頃、
「オリは正義の味方になる!」と、
たどたどしい日本語を話しながら、
「機動刑事ジバン」に熱中していた。

「あれは機動刑事襦袢(じゅばん:死語)と言うんだぞ!ヒヒヒヒヒ・・・・」とからかうと、
ムキになって「違う!ジバンっ!!」と真っ赤な顔して良く怒った。
懐かしい思い出である。

少年の純粋な心を持つオトナは、
更にそれが昇華し、
肉体とマシンが更に融合したモノを擬人化する事がある。

自分など典型的な例だ。
クルマとセックスすると平気で明言するくらいだから解るだろう。

もしモータースポーツに憧れたとしよう。
もちろんドライバーに傾注する場合が多いのであるが、
クルマそのものに少し特異な憧憬を抱くことがある。

ドライバーよりマシンに傾注して、
だんだん擬人化し、
その独特の姿に憧れるのだ。

それは極めて自然で、男の摂理に沿った事だと思う。
それに加え、
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もしそういう環境に家族みんなで浸りながら楽しめるなら、
それ以上素晴らしい事は無い。
幸せな世界で、
クルマを通じた絆も深まるだろう。

今日は愛知県と長野県という隣接する二つの地域のスバリストが、
中津スバルに遊びに来てくれた。
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二つの地方を代表する
素敵なお土産を頂いた。
蜜柑のワインをいただいたのは初めてで、
とても楽しみだ。
八丁味噌の楽しみは色々と尽きない。
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また、いつも最高のリンゴを絞って生産するこのジュースは、
一度口にしたらやめられない。

朝のスタートダッシュにピッタリな飲み物だ。
これからだと炭酸水を加えると、
朝からシャキッと気合が入る。

素敵なお土産をありがとうございました。
彼らが中津スバルに来た理由は、
ここを「駅」と定めてくれたからだ。
今日まで全く知らなかったが
駅伝が繰り広げられているそうだ。
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良く見ればオデコに何か貼られている。
北海道から九州まで、
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襷と一緒に手渡される地図に走行履歴が書き込まれていく。
今日はここで
愛知県から
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長野県へ
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無事引き継いでいただいた。
少しだけでもお役にたててとても嬉しかった。
愛知県から来て頂いた
舌を噛みそうなお名前の「じゃんだらりんBF5」さんは、
サンバーバンのほかに初代レガシィツーリングワゴンと
これまた初代インプレッサのWRXを使いこなされている生粋のスバリストだった。

何度か登場していただいているが、
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当社でも、もうすっかりおなじみのリンゴ屋さんは、
なぜか「叱って欲しい」などというとてもMなことをおっしゃる。
MはBMWにはあるが、スバルにはしかないので、
こってり叱ってあげよう(笑)

それは、サンバーが生まれた時の状況をよく知ると解る。
ヨチヨチ歩きの自動車会社が、何とか2種類の軽自動車で、
本物の自動車メーカーに脱皮するときに備え爪を研いでいた時だった。
サンバーは良いクルマだが
百瀬イズムの塊はそのあとに出るスバル1000だという事を忘れてはならない。
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サンバーはスバルにとって、大切な車種であることは間違いない。
しかし、こう考えてほしい。
「ハレの日と普段の日」というモノの区切りを「ハレとケ」で言い表す。
サンバーは日常生活で活躍する「ケ」のクルマであることを忘れてはいけない。

あまり行き過ぎた妄想は、
正しいモノの見方を阻害し、時に大きな損害を被る。

サンバーは実直に働く素晴らしいクルマではあるものの、
常にコストを掛けるという部分では、
粗末な扱いをされ続けてきた。

それとは逆に、
スバル1000から始まった小型乗用車は、
ハレのクルマとして極めて高いテクノロジー注ぐと同時に、
材質から構造、そして生産設備にまで十分なコストを掛けることを許された。
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その流れの中で、
当時、短いスパンの視野で見れば、
大英断と映ったかもしれない軽自動車の4気筒化は、
今になっては悔やむべき経営判断の失敗とも受け止められる。
このことが、
軽自動車の製造から撤退するという現実を導き出した。
従って、サンバーの自社生産の継続を強く望む者に限って言えば、
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皮肉に映らないか。

一番下に貼られたステッカーをシニカルにとらえると、
このクルマのポリシーには、
パロディとオマージュとレプリカが複雑に
同居してしまった。
全体的にそういう味付けでまとめられているところが面白い「R555」バージョンだが、
そこは少し残念だ。
パロディにしてしまっては少し惜しい。

その理由は、ボクサーとクローバーでは立ち位置が全く異なるからだ。
少なくとも、
3気筒でサンバーやレックスを作り続けるか、
2気筒を恐ろしいまでに効率的に磨き上げれば、
おそらくまだ自社生産できただろう。

スバルが3気筒で突出した能力を実現させていれば、
そのエンジンで、安いリッターカー用の4気筒も容易に作ることができた。


EN型4気筒エンジン「クローバー4」が、550ccの4気筒エンジンとして全く新しく誕生したのは、
平成元年6月10日だった。
結果的に、
先を読む甘さから、わずか1年も経たないうちに660ccにかさ上げせねばならなくなった。
レックス660が新発売になったのは翌年の2月26日の事である。
この新しいエンジンは生まれた時から高コストな体質を孕んだ。

4気筒ファンには追い打ちをかける様で申し訳ないが、
550ccの4気筒レックスに初めて乗った時、
「なんじゃこら」と思った。

なぜかというと、
昭和56年にスバルの軽乗用車がゴルフ的変遷を遂げた際、
FFレックスに採用された改良型2気筒があまりにも鮮烈だったからだ。

新型エンジンはバランサーシャフトを備え、
商用車故に排気ガス処理が若干甘いのか、
素晴らしいレスポンスだった。
更にそのエンジンは、軽い「コンビ」と抜群の相性だった。

ところが次に出た4気筒は、
あまりにも低速トルクが足りなかった。
それを「セダン・メイド・レックス」というイメージ戦略で何とか払拭しようとしたが、
FFレックスのビッグマイナーチェンジとして捉えると、
謳い文句は凄くても、「実体」はそれほどではなかった。
KF/KM系レックスがデビューした時の2気筒に感じたパンチに比べ、
KH/KP系レックスの新生4気筒はあまりにもダルな印象だった。

スバル関係者はにこだわる習性があるが、
残念ながらこの「スバルの4」は誕生から苦戦した事を覚えている。

軽乗用車には良い評価を与えようにも困ることが多かった。
ところが、
KR/KT系550ccの4気筒化をスキップしたKV/KS系サンバー660は、
排ガスのデバイスが少ない事もあって、
特に軽量なトラックと4気筒660ccエンジンの相性は抜群だった。

それがおそらく今でもサンバー愛好者に、
4気筒エンジン大好き人間が多い理由だと思う。

また当時は、
「ガラパゴス化」の怖さなんて、
微塵も考えていなかったのだろう。
他のメーカーのやらない事を、見事に実現するのが
スバルらしさでもあるので

「してやったり!早く着いて来い!!」と独走しているつもりだったが、
他のメーカーはそれに対して非常に冷静だった。

脇道に逸れるスバルを、
まるで嘲笑うかのごとく、
ちょっと足を踏み入れて、すぐにさっと引いた。

残ったのはコペンぐらいだと思う。

こうしてスバルは自らが苦労して育てた2気筒を捨てると同時に、
ジャスティやドミンゴに搭載した3気筒エンジンまで自己否定することになって、
せっかく作った独自のマーケットを他社にすべて奪われた。
バカみたいな話だ。

疑う人もいるかもしれないが、もし自前のリッターカーを持っていれば、
WRCから撤退する必要もなかっただろう。
失敗を分析すると思わぬ観点から物事が見えてくる。

WRCを撤退する理由は山ほどあったが、
救いは「卒業する」と当時の森社長が表現したことだった。

その話はまた最後の方で述べよう。

サンバーの駅伝に話を戻そう。
生誕50周年を祝うという素晴らしいイベントだ。
だが、中には最後のサンバーなどの表現があって、
サンバーは終わったと匂わせる部分もある。

サンバーは終わりではない
そこには「ひとこと」言いたい。
ダイハツの工場で作ろうともサンバーはサンバーだ。
これは事実。

富士重工の中にも頭の悪い人は居るらしい。
メーカー自らがサンバーは終わりだ終わりだと騒ぎ立て、
記念にプレミアムなWRブルーを塗って囃し立てた。
「ケ」のクルマを理不尽に「ハレ」に持ち上げてもろくな事は無い。

そこを以前怒った。

ダイハツと協力してこれから作るサンバーは、
確実にスバル単独で作るより良いクルマになるだろう。
その明快な兆候がすでにある。

またその話は別の機会にするとして、
彼は、
遂に憧れに向けて一気に弾けた。
S308「ver.R555」を作ることは叱るようなことではなく、
むしろ素晴らしいことだ。

自分のお金を沢山貯めて、
自分の好きなクルマに仕立て上げることは、
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不法行為でさえなければ、とても良いことだ。

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このサイドビューのラインは半端な仕上がりではない。
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抜群に美しい。

それもそのはずで、
このクルマの誕生に全面協力したのが、
あの藤田さんだ。
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藤田さんはSTIをオマージュして、
このクルマを造りだした。
従って、
現在は現行のSTIがラリーのために用意したカラーリングになっている。
解るだろうか、
レプリカと、オマージュの違いがとても面白いだろう。

そして、
実はスバルでもラリーで活躍したSTIでもなく、
もちろんサンバーでもなく、
藤田さんをオマージュしたのが、
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このクルマだと勝手に解釈している。

レプリカがあって、
オマージュがあると、
パロディの存在も面白い。

ご存知の方も多いと思うが、
当社にもS308もどきがある。

ここはニュルブルクリンクのとある場所にある、
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スバルの秘密開発基地だ。
このようにスバルのスの字も無いような場所で、
秘密裏に各種開発が行われている。
我々の秘密基地は、思わぬところにある。
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駐車場のマークがパックリ開くと、
そこからサンダーバードのBGMに乗ってKT系3代目サンバーが登場する。
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藤田さんの作品を2号機扱いして申し訳なかったが、
もう10年以上前に、
イベントで使うために中津スバルで手作りしたクルマだ。
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シニカルな北原課長がほぼすべて一人で作った力作で、
パロディの極意はコンビネーションメーターにも表れている。
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何しろ予算が少ないので、
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この様な手作り感が随所にある逸品だと思っている。
このクルマには、
コメットを貼りつけた。

いわゆる絶頂期のロゴだ。

今日は、リンゴ屋さんがクレッセントを貼っているのを見て非常に懐かしかった。
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とても思い出深いからだ。

ケネス・エリクソンと肩を組んでいる。
もう15年も前の事だ。
まだ30代の自分が身に着けている最初のロゴと、
ケネスのロゴを見比べてほしい。

たばこの広告規制の影響もあり
刷新されたシンボルマークだが、
この当時は大変苦労した。

このラリーでも、いい位置に付けていたコリンのマシンがまず最初にぶっ壊れ、
翌日はケネスのマシンも同様のトラブルで戦列を去った。
ケネスの走った直後の路面の砂を持ち帰ってきたほど残念だった。

どんどんパワーアップするにつれ、
タイミングベルトが切れるトラブルが発生したので
それを強化した。
するとテンショナーが破損するようになり、
それらのネガティブな要素をしっかり潰して乗り込んだこのラリーで、
何とカムスプロケットが砕けるという結果を生んだ。

散々なラリーではあったものの、
実際に自分の目で見て、これ程素晴らしいモータースポーツは、
他にないと確信した時でもあった。

スバルがこれほどモータースポーツの世界で、
存在感を増したのかと、日本の外から見てゾクゾクと武者震いした時でもあった。

久世社長の率いるSTIは、プロドライブと非常に良い関係を構築していた。

スバル初のフィンランドラリー、
ワン・ツーフィニッシュを勝ち得たのは、その2年後だった。

冒頭にお見せした最後のコメット仕様のインプレッサを、
戦う場所で見ることができなかったのは残念だが、
実はまだ希望を捨てていない。

今も、モータースポーツを継続し、
ラリーでも実績を重ねているが、
今一つパッとしない。

あのカラーリングのイメージがあまりに鮮烈だから。

こうして、リンゴ屋さんの、愛機を眺めると、
やっぱり一番素晴らしいのはこの色の組み合わせだなぁとつくづく思う。

ラリーで目立ったからだけでなく、
スバルの青と黄色は、このブランドが誕生した時からの組み合わせなので、
自然にマッチするのだろう。

ケネス・エリクソンはファンサービスのできるナイスガイだった。
その反面、コリン・マクレーは気難しい男だったように思う。
あの時もリタイヤした食後に、
さっさと荷物をまとめて帰ってしまい、
ファンの前には姿を現さなかった。
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後からSTIが申し訳なかったと送ってくれたのが、
この直筆のサインだ。
とても大切な宝物の一つである。

久世さんが亡くなってから、何人もの優秀な社長がSTIを率いた。
桂田さんは優秀な人だったが、
プロドライブとは、うまくいっているようには見えなかった

そして戦績もどんどん下落した。


久世さんとその後の歴代の社長が、
その人柄以外で最も異なることは、
モータースポーツが本心から好きかどうかでは無いかと思う。

久世さんは自らがレーシングスーツを着て、ラリーマシンに乗った人だった。

これからのSTIに求められることは、
そういう人物を長きに渡り社長として置くことだろう。

実は、いまそれを大いに期待している。
また、
森前社長が残した、「卒業」という言葉が妙に頭の中にコダマする。

こういう時、予感は当たる。
卒業したのは、インプレッサであってWRXではないという事だ。
今日のS308を見て
急にその思いが胸をよぎった。

素敵なものを見せてくれたリンゴ屋さんにお礼を言いたい。
あとは願わくば、スバリストとして更に昇華するために、
「ハレとケ」を深く理解し、
使い分けることを知ってほしい。
ケのサンバーに情熱を注ぎながら、
ハレグルマのスバルを極めることだ。

このままでは片手落ちとなる。
使い分けが実現した時初めて、
本物のスバル観を得ることができるだろう。
Commented by kao at 2012-05-31 14:10 x
社長、「ジバン」ではなく「宇宙刑事ギャバン」じゃないですか?
私も息子と一緒に良く見ていましたから(^^”
それとも他に「宇宙刑事ジバン」と言うのがあったのでしょうか?
Commented by りんご屋で555 at 2012-05-31 16:47 x
代田大社長!こんなにも大々的に取り上げていただきありがとうございます!Sな聖地にMはなじめるのか?けっこう相性がいいということがよくわかりました(笑)
いつおじゃましても、我が家のような場所。とても楽しいひと時でした。ほんとうにありがとうございました。
またよらせてくださいね(*^ー゚)/~~

Commented by b-faction at 2012-05-31 17:12
kaoさん、ギャバンはもう少し前ですね。ジバンには明確に覚えがあるのですが頭の宇宙が機動だったようです。正確には「機動刑事ジバン」でした。何となくユーモラスな内容だったような気がします。
Commented by b-faction at 2012-05-31 17:18
りんご屋で555 さん、おいしいジュースをありがとうございました。炭酸割は良いアイディアじゃないですか。しばらくの間、楽しませていただきます。お友達に来場アンケートを書いていただくのを忘れてしまいました。ブッキングできなかったので次にいらしたときにお願いしますとお伝えください。またご来場ください。襷リレー頑張ってくださいね。
Commented by kao at 2012-06-01 08:54 x
そうでしたか・・・
社長も相当な子煩悩だったと推察しております。
まぁ~私もですが・・・(^^”
多分?ジバンの頃は私が仕事の関係で
子供と一緒に見られない環境だったかも知れません。
Commented by b-faction at 2012-06-01 10:48
kaoさん、子供は好きですね。自分がいつまでも子供ですからすぐ同化できます。あの頃は、合体ごっこをしたり人間ボーリングを楽しみましたが、娘には寝たきりになった時、仕返しをすると宣告されています(涙)
Commented by KF at 2012-06-09 18:49 x
こんにちは、ご無沙汰しております。<(_ _)>

あの~まだS308編は完結しないでもらえますか?
社長とむっちゃんと私と愉快な仲間達の物語は今始まったばかりで、S308(1号機と2号機)の位置付けは中津スバルから始まった日本のラリー界の中心となりえるはずです、これからが大変ですが頑張りますよ!
また、詳細な事は御連絡致します。
ъ( ゜ー^)イェー♪
Commented by b-faction at 2012-06-09 19:12 x
KFさん、こんばんは。間もなくですね。
準備大変でしょうが頑張ってください。詳細を楽しみにしています。
PS.完結も何も叱ってくれと言われても叱る理由も無いので
本当の事を伝えただけです、ハイ。
歴史は見事に真実を語ります。
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by b-faction | 2012-06-01 20:20 | Comments(8)

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