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インプレッサに恋い焦がれる

スバルは日本とアメリカで同時に二つのワールドプレミアを敢行した。
しかし、
メルツェデスは更にその上だ。
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2つのワールドプレミアと、
とんでもなくエレガントなコンセプトカーをひっさげて、
Tokyoへと乗り込んできた。

東京モーターショーでSTIの唐松社長に再会した。
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近くに居た日浅さんが、
「社長、この頃敵が多いでしょう」と何やら意味深に囁いた。(笑)
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モーターショーから戻った朝、
美しい朝靄に包まれた笠置山を見た。
麓に木曽川の上に立ち上る「もや」が見える。
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望桜荘で、
晩秋を彩る銀杏が見事な黄葉を誇っていた。
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銀杏は結実しない。
だが、隣の花梨は見事な実を付けた。
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欲しい人にもらって欲しい。
毎年沢山実るが土に還る。
化学合成肥料や農薬を一切使用していないので、
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ジャムや果実酒を作るのに良いはずだ。
ここを毎朝1時間ほど掃除するようになって、
既に7年が経過した。

僅かな時間の積み重ねがどれほど大切か、
いつもハッキリと教えてくれる。
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掃除を始めた当初は思いもしなかった。
会社の一角に「苔むした」場所が生まれるなど。
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桜を愛でる気持ちも日増しに強くなり、
手を掛ければ掛けるほど周りの空気が澄んできた。

桜の向こう側に、
旨いパン屋も店を開いた。
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歩いて1分もかからない場所で、
焼きたての美味いパンが買える。
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大量生産しないので値は張るが、
作り手の顔がハッキリ見える美味しいパンだ。
一個で満腹になるほど食べ応えがある。
だからコンビニより割安かもしれない。
中津スバルに来たついでに、
パンを買うお客様も増えた。

クルマにも食べ応えのあるモノと、
あっさりしたモノがある。
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この熟女ほど濃厚なクルマは他に無い。
まず点検整備し、
ダンパーをビルシュタイン製に交換した。
次に内装を完全に分解し、
フロアを剥がして床を洗った。

かれこれ10日ほど経つ。
すっかり乾いたので、
テストを兼ねて80kmほど走行した。

ビルシュタインダンパーと、
18インチのマッチングは殊の外良かった。
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シルバーのSVXは、
顔に少々小じわが目立つけれど、
とてもエレガントな佇まいに蘇った。
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この内装はデビューした当時、
自動車評論家に安っぽいと評価された。
「ぼろくそ」に言う人も居たが、
改めて見るとBRZに欠けたモノが全て揃っている。

このクルマがデビューした1991年を振り返る。
その頃、毎年立て続けに新型車がデビューした。
レガシィや新規格の軽自動車に続きSVXが生まれ、
インプレッサとVIVIOに繋がる夏の時代だった。

今でもSVXが大好きな理由は、
水平対向6気筒エンジンを持つからだ。

その他にも色々理由はある。
特に上げておくべき特徴は、
現在でも通用する質の高い走りだ。
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ドシッとした欧州車に近い乗り味は、
スバル全体の印象を激変させた。
頑丈なクルマ造りにも好感が持てる。
SVXは500マイルカーを標榜した。
そして実際に証明した。
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素晴らしいクルマだったが、
メーカーはこのクルマで稼ぐ事が出来なかった。

だからスバルは、
世紀の失敗作と封印した。

レガシィを成功させたスバルは、
ホンモノのクルマ造りに自信を持った。

SVXと違って、
レガシィはスバルの身の丈にも合っていた。
レガシィの開発で「辰己仙人」が腕を発揮した。
操縦安定性と、
しなやかに曲がる能力を限りなく追求した。
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スバル次の手を打った。
それが本格的な国際車の開発だ。
SVXの調律を渋谷真さんが担当した。
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最近はBRZの開発で手腕を発揮した。
その事は良く知られているが、
SVXを仕立てたことを、
ほとんど知られていない。

土屋元副社長も懐かしい笑顔を見せてくれている。
彼は絶対に失敗の許されない、
「レガシィ初」のフルモデルチェンジを担当した。
ツインターボを搭載し、
オリビエブーレイにデザインされたBG型レガシィをPGMとして開発した。

その土屋さんの愛弟子が、
BRZを世に送りだした増田商品企画本部長だ。
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過去から現在へと脈々と続く遺伝子は、
間違いなく全てのスバルに流れている。

増田さんは良い意味で「狸」だ。
BRZのような難しい開発を、
見事にまとめ上げた。

トヨタとの協業は並の能力だけでは耐え切れない。
とぼける事もなかなか上手だが、
それでいて実直かつ温厚だ。

増田さんに、
レヴォーグのインナハンドルを「良くない」と指摘した時、
「ボクは先代レガシィのビッグマイナーを担当しました。だからその言葉は胸にしっかり刺さりました」
と答えられた。
「知っててやってるくせに」と内心で思ったが(笑)、
真面目に受け応える増田さんの姿勢から、
土屋さんに通じる「人徳」を感じた。

スバルはレガシィ開発の舞台をヨーロッパに求めた。
その時ニュルブルクリンクの厳しさも知った。
スバルで正式にニュルブルクリンクの走り方を学んだのは、
渋谷真さんが初めてだ。

NBRを正確に走るためには、
正しい知識と経験が必要だ。
「緑地獄」は中途半端な気持ちで走る者の命を奪う。
だから、
ドイツ人のインストラクターから正しく学び、
コースを熟知せねばならない。
ニュルブルクリンクも昔より名が轟き渡った。
けれども知らない人もまだ多い。
そこでスバルは初代レガシィやSVXを走らせた。
他の日本車メーカーより遙かに早く、
聖地でクルマを熟成させたのだ。

SVXの開発ではクルマの理想をとことん追求したが、
そうは行かないクルマもあった。

妥協を強いられ、
当初の計画とは異なるクルマが産まれた。
それがインプレッサだ。

まるでインプレッサの歴史は妥協の塊だ。

悲劇的な側面を持つクルマに、
スバリストの琴線が触れる。(笑)

初代インプレッサは、
8年間もモデルチェンジできなかった。
その理由が何か辿る。

インプレッサの開発は、
直列4気筒エンジンを搭載する前提で始まった。

プラザ合意による急激な円高や、
スバルの内部にある諸般の事情で、
計画は当初から大きく変更だれた。

あくまでも水平対向エンジンを搭載し、
レガシィよりひとクラス下のマーケットを狙った。
ライバルはホンダシビックだ。

こうして新たな商品企画が始まった。
その時スポーツワゴンはまだ存在しなかった。

開発費が膨らむことを、
当時の経営陣は恐れていた。
その様子を見ながら、
商品企画に携わるメンバーはスッと企画を紛れ込ませた。

それが効を奏した。
結果的にインプレッサスポーツワゴンは、
エントリーカーとして成功した。

後々大きな成果を出したものの、
発売からそこまでの道程は険しかった。

1993年(平成5年)、
インプレッサに続いて二代目レガシィが誕生した。
ところがその翌年から思わぬ冬の時代に突入した。
94年、95年、96年と、
デビューしたクルマは派生車ばかりだった。

ブランニューは一切無かった。

ようやく97年にインプレッサをベースにした初代フォレスターがデビュー。
消費税増税の駆け込み需要もあり大ヒットした。
グングン販売を伸ばしたので、
インプレッサの車台を変更する必要性に迫られなかった。

そしてインプレッサWRXが、
クルマ開発の谷間を補った。

その3年間、
ラリーの好成績が続いていた。
それが追い風になり、
値段の高いWRXも飛ぶように売れた。

スポーツワゴンもエントリーカーとして売れた。

それぞれが真逆な売れ方をするので、
インプレッサはドル箱的な存在になっていった。

だから油断も生まれた。
グラベルEXやリトナ、
それにカサブランカなど、
お世辞にも優れた商品企画とは言えなかった。

とにかくラリーに強いイメージは、
スバルの全てを引っ張っていた。
素晴らしいが、油断も生じた。

ドル箱とは言え、
インプレッサを8年間も引っ張り、
フルモデルチェンジを怠ったことが、
しわ寄せを産んだ。

社長も田島さんから河合さんに交代し、
スバルは変革の時代に入った。
商品企画の体制にも大きな変化があったはずだ。
インプレッサが長期間モデルチェンジ出来なかったのは、
開発費を与えられなかったからだろう。

ようやくフルモデルチェンジの話題が出始めた頃は、
21世紀への期待が高まる時代だった。

GMと資本提携し、
多額の資金を得た。
これは大きな追い風になった。

そしてようやく二代目インプレッサがデビューを飾った。
人気のWRX、
業務用にも対応できるナローボディのセダン、
そしてスポーツワゴンまで一気に揃えたのだ。

シャシー剛性が大幅に上がり、
基本性能も抜群だった。

新型WRXは車幅も広がり、
新開発の6MTも搭載した。

基幹性能にコストが掛かっていた。
1.5㍑車でもスポーツワゴンのボンネットはアルミだった。
ホイールやロワアームにアルミがふんだんに奢られていた。

この時のPGMは、
エントリーカーから超高性能4WDまで、
同じ車台で同時に開発した。

これはとんでもない離れ業だった。

ただし大きな読み違いをした。

それは初代インプレッサWRXで、
最後の最後に加わった名車だ。

それはピーター・スティーブンスがデザインした、
究極のロードゴーイングカーだった。
当時活躍していたWRカーは、
あまりにも美しすぎた。
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そのロードモデルが僅か400台と言えども世の中に出てしまうと、
新型車のデザインに物足りなさを感じた。

更にラリーに於ける勝利の積み重ねが、
強いステレオタイプになっていた。

そしてスバラー達はコンサバティブなクルマを求めた。
この時の体験がLEVORGに見えない影響を与えた。
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2代目WRXでは、
丸いヘッドライトに非難が集中した。
今でもそんなに悪い形だとは思えないが、
当時はヒステリックな反応が渦を巻いた。

でも、どちらかと言えば丸い目玉になった事より、
重量増加に伴う低速発進のダルさの方が問題に思えた。

ところが世間ではスタイルに非難が集中した。
なぜか。
デザインの技量が走行性能の向上に届かなかった。
中途半端な拡幅もいけなかった。
22Bに憧れた者は、
新型WRXを見て「けち臭い」と感じた。

スバルに「幅が広くなった」と文句を言う人に、
「そうではないよ」と度々苦言を呈すのは、
この時の辛かった思い出があるからだ。

もっと大胆に造形して欲しかったが、
あの頃の製造現場はまだ拡幅に対応できなかった。
しかし良く出来ていたクルマで、
当時のモチベーションは高かった。

その証拠が出てきた。
13年前に作った資料が、
ワープロソフトの更新でゾクゾクと文章に蘇った。

新しいインプレッサの案内だ。

<ニューエイジ インプレッサ試乗会 ご案内>
-本日はご招待したお客様を優先しております-
※受付されましたら試乗申込書の書き込みをお願いします。
B-faction店内にて
受付開始    12時30分    
開会      13時00分           
特別ゲスト紹介 13時03分
富士重工 商品企画室
インプレッサ担当 福田洋平氏
座談会     13時05分
ニューエイジインプレッサ 開発のねらい
試乗開始    13時20分
座談会と平行して進める
試乗終了    14時30分
終了後も希望者に試乗継続
ビンゴゲーム  14時35分
閉会挨拶    15時00分

<試乗心得>
1後部右側座席に座って新しいインプレッサの乗り心地を確認してください。
2次のドライバーチェンジで助手席に座りコースを覚えてください。
3そしてシートポジション調整しシートベルトを装着たらテストドライブ。

質疑応答が忘れられない。
WRXファンから、「なぜ丸目にしたか」と質問が続出した。
発売直後、
WRXの販売は全く伸びなかった。
売れるのはスポーツワゴンばかり。
既にヨーロッパでは、
レガシイ以上の地位を築いたWRXだったが、
あちらでも評判がいまいちだった。

すぐにWRXを購入し、
「どうしてこれほど良いクルマが売れないのか」と不思議に思った。
同時に随分悔しい思いをした。
ところが捨てる神あれば、
拾う神あり。

GMの社員が富士重工のテストコースを度々訪れた。
新たな提携が決まったからだ。
WRXに試乗したGMの社員は、
その素晴らしさに舌なめずりしたと言う。
「俺がタバコを吸うのはセックスした後だけだ」と言い、
WRXから降りてすぐタバコに火を点けた者も居たと聞く。

アメリカで、
二代目WRXがヒットした。
今日のアメリカに於けるスバルの人気は、
アウトバックやフォレスターだけで形成されたのでは無い。
インプレッサWRXによって、
スバルのイメージは大きく変わった。

三代目の開発は二代目の発売とほぼ同時に始まった。
そのコンセプトは、
「エントリーカーとはなんぞや」だったのだろう。
当時の欧州における傾向や、
日本でフィットに1.5リットルエンジンが追加されたことから、
状況が読めた。
良く出来たBセグメントのハッチバックがインプレッサの開発指標だった。
三代目の開発に途中から竹内さんが携わった。
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そして、
この時からインプレッサとWRXは違うクルマとなる。

だが
米国でのWRX人気も鑑みる必要があり、
プロジェクトには捻れが生じた。
セダンをラインアップから外せず、

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米国だけで販売されたWRXのセダンから、
「まあ、こんなもんでしょう」という臭いが漂っていた。
そこが妥協とする由縁だ。

更にセダンとして質感を高め、
日本市場にもアネシスとして投入されたが、
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そこにオーラを感じなかった。
美しさではハッチバックにかなわない。

ところが年度改良でスバルの全力を注ぎ込んだ。
アネシスとはまるで違う、
ワイドボディのWRX STIが誕生し、
セダンが主役の座を奪還した。
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4代目のインプレッサ開発が始まると、
そのまま竹内さんがPGMを担当した。
レガシィより短いスパンでフルモデルチェンジされたのは、
歴史上初めてだった。

常識を覆して誕生した四代目インプレッサは、
非常に高い完成度を誇った。
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B4には及ばないが、
G4にアネシスのような妥協を感じない。
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走り味は軽快だ。
そして竹内流の確かさがある。
各所をキッチリ押さえ、
濃い味はしないが誰にでも受け入れられる。

扱いやすい事はとても大切だ。
アイサイトも相乗効果になり、
消費者の購買意欲を搔き立てた。

結果的に新型インプレッサは、
間口を下げて門戸も広げた。

全国的に売れ行きは抜群で、
結果はご承知の通りだ。

そしてWRXの開発には、
更に2年の月日を費やした。
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遂にロサンジェルスモーターショーで次のWRXが現れた。
今度のWRXは、
現行の4ドアセダンSTIを踏襲した。

6年前とは全く違う。
アメリカにはアメリカだけの様々な事情がある。
レヴォーグを見た後だと、
新型WRXは少し「けち臭い」。
だが、
これは良いことだ。
なぜなら、
先代インプレッサWRXが、アメリカでデビューした瞬間と、
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全く同じ匂いがする。
だからまだ次の何かがある。
WRXのハッチバックは2度と作られないだろう。

スバルらしさの象徴は「実用的なスポーツカー」だ。
レヴォーグというコンサバティブなスポーツツアラーは、
まさにそれに匹敵する。
これこそスバリスト望むクルマだ。

エントリーカーのまき散らす匂いやクオリティーを一切排除し、
安っぽさを感じさせない。
新しいホンモノが生まれた。

WRXにはG4のアイデンティティが残されている。
インプレッサの正当な子孫である事を明確にしたからだ。

レヴォーグとWRXを切り離した。
そのコンセプトは良く解った。

振り返れば振り返るほど、
インプレッサにのめり込んだ過去が走馬燈のように蘇る。

WRXの枕には、
インプレッサが必要だ。
STIバージョンが追加された時、
本気の「勝負」が始まるだろう。

中津スバルにとって、
スポーツカーは無くてはならない商品だ。
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STIがちょっと触れただけなのに、
BRZからオーラが立ち昇った。

このクルマは顧客のみならず作り手も誘惑する。

それにしてもその先が大切だ。
冒頭でベンツを紹介したが、
ダイムラーはベンツの日本法人を若い社長に委ねた。
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憎らしく感じるほど余裕に溢れた笑顔を見て欲しい。
彼等はAMGというブランドの凄さを熟知している。
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二つのAMGをワールドプレミアした。
痺れるコンセプトカーだ。
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Sクラスに美しい2ドアクーペが誕生しそうだ。
妄想で眠れそうにない。
新しいスバルのWRXも、
行き着く先は2ドアクーペだ。

クーペにしか出せない味がある。
メルツェデスはそれを証明した。
STIをグレードのように扱わせてはいけない。
グローバルで見た時、
STIをブランドとして周知できれば面目躍如だ。

アメリカで量販出来る2ドアを考え出せば、
ドアも屋根もトランクも新しくデザインできる。
それに最高出力350馬力を誇るエンジンを搭載し、
究極のSをデビューさせる。
S104と命名して欲しい。
発想者のアイデンティティだ。

1から3までは欠番で良い。
なぜなら初代レガシィは44B。
二代目インプレッサは44Sだ。
4と言う数字はスバルにとって意味が深い。

Commented by 博多人 at 2013-11-30 23:29 x
代田社長様
新型車などを見ているとインプレッサという車が大切な車だと感じていました。3本の矢というのもうなづけます。インプレッサは、多くの人に知ってもらう機会を作り出しているのですね!
私事ですが、今日職場で後輩から怒鳴られました(笑)。私がやっていたことは、間違っていることではなかったのですが、マニュアル通りということからは外れていました。しかし、私自身、最近軸が定まっていないなと思ったので、すごく良い薬になり目が覚めました。スバリストのあるべき姿とは、そういう存在になることなのかなと、ふと感じました!私事で、申し訳ありません。
これからも、インプレッサという価値をたくさん教えてください!
Commented by b-faction at 2013-12-01 07:34
博多人さん、おはようございます。世の中、色々神経質すぎる部分が増えました。顧客があまり細かいことを言うと良いモノが出来なくなります。その典型がトヨタだと思います。マニュアルも大切ですが、おおらかな人間性も大切ですね。
Commented by 博多人 at 2013-12-01 13:03 x
コメントありがとうございます。
おおらかさとマニュアルのバランスとタイミングが大切ですね。軸をブレずにもの作りをするとなると、細かすぎるといけませんね!私もバランスを大切にしようと思います。マニュアルに則りイエスマンになるのが楽なので、そのようになる人が最近身の回りで多いのが残念です。
インプレッサやレヴォーグのお話、楽しみにしておきますね!いつも本当に楽しく拝見させて頂いております。ありがとうございます。
Commented by b-faction at 2013-12-01 19:43
博多人さん、広く均質に行き渡らせるためには、マニュアルが大切ですね。また低いレベルを標準的なレベルに引き上げるためにもマニュアルが大切です。その先は「人間力」しか無いと思います。それらはバラバラですが、マニュアルを凌駕し、その裏にある「精神」を軸にして自立して動けることを目指す。それこそプロの道だと思います。
Commented by 20748415 at 2013-12-01 22:34
東京モーターショーから1週間……いまだにLEVORGの姿が脳裏から離れません。
ここ最近、社長のブログを読んでいて思い出したことがあります。
車に乗りはじめたころ、
パソコンでとある人物の(誰だか覚えてませんが)代車で借りた車がSVXで、余りに乗り味が良かったのでそのまま乗り換えてしまったそうです。
今の私には、残念ながら近隣にSVXを乗れるところや保有してる人がいないのでその乗り味を体感できないのは残念です。
今までスバルの車は父親の2代目レガシィツーリングワゴン(ブライトン)とサンバーディアス、あと自分のGG2のみです。
中津スバルの丸目インプレッサの試乗会みたいなのが近くであったら良いのにと思いますよ。
2代目インプレッサの誕生には、以前から開発の苦労から3度のフェイスリフトなど苦労話などは良く聞き及んでおりました。
まぁ、個人的には以前から丸目インプレッサは結構好きだったんですけどね。
確かに当時は丸目に避難豪語?だった気はしましたが……
インプレッサはエントリーモデルからカリッカリッのスポーツモデルまで全体にしっかり作り込んであってしっかりした車だと聞き及んでおります。
それが更に本物を目指したLEVORGにどのように反映しているのか、また今後のインプレッサにどう影響するのか楽しみです。
度々乱文にて失礼しました。
Commented by b-faction at 2013-12-02 11:37
20748415さん、そろそろこの乱数の意味を教えて下さい(笑)。
モノには順序があるのでしょうが、時には情熱が順序を吹き飛ばすことだってありますね。SVXを作っておいて良かったと思いますよ。あの幅の車を世の中に出した執念は凄い。それが解るからボクは捨てられない。これから先、古いクルマには高い税金を掛け燃費の悪いクルマにも高税率を掛けるようですが、自動車産業で食べている国が本当にそんなことで良いのかな。小型車のサイズを決めたのは締め出しが根底にあります。その悪影響、正に両刃の剣ですねぇ。レヴォーグはやっと凌駕しました。
Commented by 20748415 at 2013-12-02 15:15
ハンドルネームの乱数……実は深い意味はありません(笑)
社長のブログにコメントを書きたくて慌てて登録したとき、思わず目についた乱数を打ち込んだら……
あら、不思議ハルドルネームになってしまったしだいです(涙)
そのうち変える方法を模索するか、登録しなおします。
きっと打ち込みがお手数だとは思いますがご勘弁ください(深くm(__)m)
さて私事なのですが、家の父は実は免許を取ったのが50歳です。
それまで、家庭の事情やらなんやらで自動車免許を取れずにいたそうです。
私が社会人になり、やっと余裕ができたので念願の免許をとった父です。
ですが私が幼少の頃より車は好きだったらしく家にはCGの本がやまのようにあり、一人でモーターショーには良く出掛けていました。また、写真好きの父でしたからモーターショーの写真を良く見せられましたよ♪
もし、私が子供の頃から車があったらきっとSVXや、レオーネなんかが家にあったのかなって思います。
自動車税の事は非常に同感します。古い車を弾圧しなかったら家の父は多分レガシィにいまだに乗っていたのではないかな?
いわゆるエコカーに乗っている人を優遇税制ばかりして、大事に同じ車に乗り続ける人を悪人扱いみたいで、なんかなっとく行きません、車の販売戦略になったり景気のために金を使わせるメリットがあったのは確かですが。古い車に乗り続けるのもエコですよね?こんな話きっといくつもあったと思いますが。
まぁ、このような意見は言い出したらいたちごっこなんでやめときますが(笑)
父は多分レガシィに乗っていたかったんじゃないかと思います。
私が買ってきたGG2にしきりに食いついていましたから(笑)
サンバーはあれはあれで良い車だと思いますけどね!
ですから家の父はいつかはLEVORG!
きっと内心思っていることでしょう。
大きくなった4代目レガシィには…………みたいでしたから(--;)
毎回内容がまとまらないコメント失礼しました。
Commented by b-faction at 2013-12-02 15:32
20748415さん、じゃあそのままにしときましょう(笑)ボクも画像処理をするとき同じ事をします。50歳は何かの閃きがある年齢です。いきなりNBRで走ったり御嶽山に登ったり、ボクも色々目覚めました。お父上と来店されることがいつかかなえば、と以前お聞きしました。温泉旅行も兼ねてお祝いすると、思いがけないほど喜んでくれるでしょう。実は先月、ボクも実践しましたが、
是非お薦めします。早ければ早いほど良いですよ。
経験者として語らせて頂きました。
Commented by 20748415 at 2013-12-02 16:05
先駆者のお言葉として深く受け止めておきます!
ありがとうございます。
Commented by 福岡人 at 2013-12-02 21:28 x
ほとんど毎日、楽しみにブログを読ませていただいております。先日、八女の星野村に仕事で行きました。すてきな棚田の農家にぴかぴかのSVXが駐車していました。良いものは大切にされるし、どんな風景にもマッチすると感じました。
Commented by b-faction at 2013-12-03 18:30
福岡人さん、出張中はコメントだけでご無礼します。あの時代、面白かった。タバコを吸え無い僕は明らかにクルマに毒気を求めてました。その格好良さは、アメリカで見たからよけいに素晴らしかったのかもしれません。井の中の蛙から漸く抜け出た感が明確に感じられました。
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by b-faction | 2013-11-30 15:29 | Comments(11)

毎日の活動やスバルについてご紹介します


by b-faction
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