「シーザーのモノはシーザーに返る」
そんな諺がある。
ものは収まるべきところに戻る、
という例えだ。
お客様がとても大切にしていたクルマが、
とうとう心臓疾患で運び込まれた。

とても24万キロ以上走り続けたエンジンには見えない。
完全にバランス取りされた珠玉のエンジンだ。
お客様の愛情も半端ではなかった。
モチュールオイルを与え、
適切にメンテナンスを繰り返したが、
深刻な病状を示した。

エンジンを降ろし分解した。
ヘッドをめくると、
排気バルブに亀裂が入っていた。
病気になった以上、
直すしか無い。
しかしお客様には今後の事も考え、
レヴォーグに乗り換えて戴いた。
そしてインプレッサを引き取った。
この個体は生涯忘れられないクルマだ。
STIが本当にやるべき仕事を、
徹底的に極めた証だ。

それを知るからこそ、
STIもこのシリアルナンバーを与えてくれたのだろう。
本当は乗りたかった。
しかし、
お客様がその価値を心底理解し、
その上で欲しいと言われるのなら、
そちらを優先する。
こうしてこのクルマは嫁いでゆき、
大切に愛された。
治せるクルマは直す。
これから先、
また一つ大きな課題が出来た。
ドクターカーがテレビで取り上げられ、
話題になっている。
偶然イベント最終日の17日の朝10時、工房にフォレスターが滑り込んできた。
ドクターカー構想を初めて知ったのは、2年前の8月9日だ。
今でもその日の事をハッキリと覚えている。
最初に聞いた未知の言葉は、マップコードだった。
テレビ番組の中で、緊急走行中に出た言葉だから、気がついた人も居るだろう。
NAVIの機種によって無いモノもあるが、デンソーの開発した地図上のブロックだ。
ドクターカーは、このような汎用性の高いデータと、独自に地域の消防行政が構築したデータ通信を高度に融合して活用している。
そんな、極々初歩的な事まで含め、手探りの中から、この電脳カーを、どのように纏めていくのか知恵を絞った。
限られた時間の中で、困難な仕事に向かい、その難しさを楽しみに変えた。

机の横には常にこのアルバムを置いている。
中には誰とどのような打ち合わせをしたか、
ビッシリ記録が残り、
参考になった画像などを残らず綴じてある。
だからファイルでは無くアルバムなのだ。

必要な部材を細かく調べ、
どんどん積算した。
何しろここまでドクターカーとして拘り抜いたクルマは、
まだ日本のどこにも無かった。

どうしてこんなに夢中になったのだろうか。
恐らくそれは間渕ドクターの信念と、心の奥深くでわかり合える部分があったからだと思う。

彼は
「救える命を救いたい」と、
初めて会った時から訴えていた。
「クルマは直るが自然治癒力は無い」
これは自動車家畜論を構成する要素の一つだ。
「治せるクルマは直してやりたい」
この日の間渕さんは、
またいつもより一層強いオーラを放っていた。
「代田さん、今夜10時ね。東海テレビ見てね」と、
ニコニコしながら語ってくれた。
日本全国には、
ドクターカーの事を決して良く言わない医師も居る。
そういうアゲインストに対して、
やれる事は一つしか無い。
それは確かな実績を積み重ねる事だ。
テレビの取材より後で、
ドクターカーの真価を発揮する救命事例が起きた。
お盆休みの期間中の出来事だ。
ある50代の男性が、
作業場で倒れた。
熱中症が原因で、
心筋梗塞を起こして倒れるという重篤な病状だった。
すぐさまドクターカーに出動の依頼がかかり、
間渕ドクターは現場に向かった。
その男性は既に心肺停止状態で、
一刻を争う状況だった。
ドクターカーには、
医師しか使う事の出来ない機材が搭載されている。
その中の一つに、
体外ページング同期下カルディオバージョン機能付12誘導心電計がある。
間渕ドクターはそれを使い蘇生させようとしたが、
なかなか上手くいかない。
心臓が動き出したかと思うと、
また止まってしまう。
到着した救急車で病院に運び、
患者に人工心肺を装着した。
同時に詰まった心臓の血管を、
カテーテルで広げる緊急手術が行われた。
その結果、
30分以上心肺停止状態であったのにも関わらず、
無事蘇生し後遺症も心配ない状態まで回復した。
地道な活動で着実に成果を上げる影には、
間渕ドクターの積極的な医療への姿勢が垣間見える。

フォレスターには特殊なドライブレコーダーが装着されている。
これは一般に販売しておらず、
特定の業務を対象にしたプロ用だ。
番組の中でもその画像が使われていたように、
実に正確に運行上の記録を残す。
それと同じように、
治療中の状態を克明に記録し客観的に検証するという、
手間の掛かる仕事を積極的に続けている。
運転席に置かれたヘルメットを見て、
以前と違っている事に気がついた。

間渕ドクターに聞くと、
最新のウエアラブルカメラを使って、
救命医療の瞬間を記録しているそうだ。

この中の動画データをすぐ取り出す。
そして客観的に検証し次に備える。
中津川市周辺の、
救急医療に於いて、
ますます救命率が高まる事は間違いないだろう。
臨時点検で滑り込んだ間渕ドクターに、
「我々にも休みはありません」と胸を張る事が出来た。
今日もこの言葉で締めくくりたい。
正に、
「継続は力だ」