たとえ汚れが目立とうがピンクの基材を選んだ。
そこに神山さんの愛機が現れた。

艶やかなファッションとマッシブな肉体は、
風のように走り、
風のように去ったアスリートを髣髴させた。
ギャラリーの奥から目が光る。
両車はほぼ同じ機種で、
STIでは無い標準モデルの280馬力だ。
この粘り強い心臓の持ち主は、
その走りの味が甘いのでオーナーは手放せなくなる。

このクルマは鳥の羽根のようにドアが開く。

ガルウイングドアという、
スーパーカーで良く見る手法だ。
コックピットに滑り込むだけで、
ワクワクドキドキしてくる。
思わず「ジョイナー」と名付けた。
神山さんからリフレッシュメンテナンスを依頼された。
特に希望されたのは、
エンジンのオーバーホールだった。
彼は、
「自分が乗っていて楽しいものを目指してきた結果」と、
愛機を明確に定義した。
そのクルマの基本から大きく離れた改造車は、
当社の仕事の領域から外す。
カスタマイズの内容を、
点検で詳しく見て実際に走らせた結果、
エンジンに不法な物は一切取り付けられておらず、
極めて素直で調子が良かった。
神山さんは、
「このクルマと長く付き合いたい」と言われた。
だからリフレッシュメンテナンスを引き受けた。
ピンクのWRXは、
心臓手術など全く必要の無い健康体だった。
WRXファンとして、
心が刺激されたのか、
関東に出張する3日を使い、
この異端児と、
眠っていたクーペを定期点検し、

エンジンオイルを完全に抜いた。
7月に交換したばかりなのに、オイルは真っ黒だった。

前回のテストで開田から伊那を巡ったが、
それで内部洗浄がかなり進んだらしい。
今回は高負荷連続運転を前提に、
純正よりもスペックの高いモチュールを使った。

このモチュールオイルは燃費に不利だ。
だが油膜保護効果は高い。
エンジン内部の緩衝性能に優れているから、
高速道路の往復で安全マージンが高い。
5速マニュアルトランスミッションはフルクロスなので、
高速連続走行で高回転を多用する。
過酷な環境はトランスミッションにとっても同じだ。
迷わず新しいギヤオイルに交換した。
ハイスペックなエンドレス製品を選んだ。

エンドレスはブレーキにおける知名度が高い。
レースを通じたケミカル製品の開発も盛んらしい。
一度使って欲しいと託された商品を入れた。

絶対的な自信があると言い切ったからには、
かなりの性能を発揮するだろう。

こうして消耗品をグレードアップし、
インプレッサで意気揚々と出発した。

中津川で燃料を満タンにした時、
走行距離は129.767kmだった。

これには等長等爆のエキゾーストマニホールドが無い。
だから排気音は品性に乏しい。
ドコドコと耳障りなノイズを撒き散らす。
ブッシュは全て強化部品に交換されたが、
シャキッとした代わりに路面の粗さがシートに響く。
低速で走り始めると、
排気音と路面のノイズがコクピットで共鳴した。
この独特の世界は、
スバル好き以外には苦痛だろう。
ところがインプレッサ好きには、
堪らないほど甘美になる。
足回りは硬いが、
B&Bサスは路面の衝撃から角を削ぎ落とす。
それと排気干渉する不協和音が混じり合う。
それらが和んで出来た独特の濁音は、
ドライバーにエクスタシーを感じさせる。
耳からでは無く尾骶骨を伝わり、
脇の下から脳髄へゾクゾクと駆け上る。
久しぶりに高速道路を走った。
インプレッサは終始上機嫌だった。

ディグレッシブにセットしたB&Bサスは、
気持ちの良いダンピングで甘美な世界を産み出す。
ピストン速度の速い領域で、
路面の上を水が流れるように走る。
アクセルペタルとスロットルボディは、
電線では無く直接ケーブルで繋がる。
ペダルの踏み戻しに対して、
実に正直な反応を示す。
電子制御をほとんど受けない駆動系は、
ドライバーにダイレクト感を与える。
ブンと踏めば、
エンジンがブンと答えそれが爪先に伝わる。
これが人車一体の気持ち良い走りだ。
昔のクルマはABSもVDCも持たない。
それを忘れるほど安定している。
けれども、
最新の安全制御を持たないことは、
やはり危険と隣り合わせだ。
ドライバーズコントロールセンターデフにも、
オート機能は無い。
少し油断すればスピンに陥る。
慎重な運転を心掛けないと、
オウンリスクだけでは済まなくなる。
だから緊張感を途切れさせず、
常に運転に集中しなければならない。
正しいドラポジを保ち、
スムーズドライブに徹すると、
WRXの素晴らしさにいつまでも浸れる。
B&BサスはGC8と最高にマッチして、
クルマが言うことを良く聞く。
改めて「電気絡繰り」の無かった頃を思い出した。
昔はこれでも充分過ぎた・・・・・・・・。
八王子ジャンクションから圏央道に入った。
神奈川で仕事を済ませ、
ガソリンスタンドに入った。
製油所が近いせいかハイオクが安い。
以前の価格に戻りつつあるのか。

34リットル給油してトリップメーターをリセットした。
さてここからが帰路だ。

277.7kmと表示されているが、
出発時の129.767kmを差し引くと、
往路の実距離は295kmだ。
走り始めの気持ち良さに感動し、
リセットするのが遅れた。
往路の燃費はリッター当たり8.7kmだった。
エンジンは好調を維持したままだ。
このクーペは稲妻の様に走り、
身体能力の高さを如実に表す。
これは偶然の賜なのか、
狙って設計して得たのか、
全く定かでは無い。
しかし明らかに4ドアとは一線を画す。
中津川に予定より早く着き、
雨上がりの紅葉が美しかった。
このまま会社に戻る気がしなくて、
素通りして秘密の山岳路を走った。

中津川は高低差のある河岸段丘で大部分を占められ、
あちこちに急峻な山道がいくらでもある。
特に紅葉を何倍も美しく見せる格別の場所に来た。

ただし濡れた落ち葉は、
スリップを誘発させるので、
運転には注意が必要だ。

路面がクリアになると、
ピエロ リアッティを思い出した。
彼はこのようなシチュエーションで、
スロットルを全開にして驚異的な速さを見せた。

初代インプレッサWRXは、
いつ見ても本当に美しい。
なかでも、
日本美人のような気高さは、
このクーペだけから感じる独特のイメージだ。
旅は終わりトリップメーターは325kmを指した。
今回のトータル距離は621kmになった。
帰りも全く不調を来すような事は無く、
5速のフルクロスミッションを操り、
まるで飛ぶ鳥のように地を翔けた。
それは幸せな時間だった。
忘れていた。

RAにしかないSTI専用の飛び道具があった。
使う必要は無くても、
男心をくすぐる装備だ。
高性能エンジンオイルは、
走行フィールを間違いなく高めた。
それと同時にエンジンの懸念も払拭した。
高負荷運転にも関わらず、
タペット音はそれ以上悪化しなかった。
ミッションオイルの効果も絶大だった。
少し引っかかり気味だった2速と3速は、
がらりとフィーリングを変えた。
高速から市街地まで「さっくり」ギヤチェンジできる。
600km以上走って、
手触りは益々良くなった。
冷えている時には、その印象が変わるかと思ったが、
朝の気温が一桁になった今も大差ない。
オイルはどちらも良い結果をもたらした。
事務所の机に向かって、
出張中に溜まった仕事を片づけた。
来客を待ち最新のSTIに乗り換え、
3時間ほどドライブエクスペリエに勤しんだ。
GC8で600km走った直後に、
新型WRX STIに乗ると「遺伝子」を更に実感した。
初代から4代目までしっかりと一本の糸で繋がっていた。
東京へ向かう時間になった。
B4の出番だ。

GC8からBN9へ荷物を移し替える時、
セダンとは何かを改めて実感した。

出張に必要な荷物でGC8のトランクはほぼ埋まっていた。
それを全て出した。

インプレッサのトランクがレガシィより小さいことは理解出来ても、
22年間の差を見比べることは簡単にはできない。
新型B4のトランクは大きい。

見ただけでは分かり難いので、
出した荷物をこちらに入れる。
その差は予想通りかなり大きく一目瞭然だ。
当然だが中のしつらえにも格段の差がある。

大人用のデイパックも入れたが、
まだ深さには相当の余裕がある。
荷物を積んで高速道路に乗り東京に向かった。
右の方に見える、
真横に近い吹き流しが解るだろうか。

今回も過酷な条件の中をレガシィは風と共に走った。
路面が濡れたり乾いたり刻々と摩擦係数を変えた。
その上思い出したように強い風が吹く。
寒波が襲来した日だった。
この様な環境の変化にB4は、
何の苦労もなく順応し見事に駆け抜けた。
とにかく風に強いクルマだ。
順調に中央自動車道を駆け抜け、
八王子バリヤから首都高速に向かった。

もちろんACCをセットして、
渋滞路を安全に走行する。
EPB装着車はアイサイトにより停止すると、
自動的にブレーキが保持される。

カラー液晶モニターに「HOLD」と表示が出ると、
エンジンも停止して燃料を節約する。
だからドライバーの疲労軽減効果と共に、
燃費節約効果も高い。
先行車が発進すると、ピッと音で知らせると同時にメーターにも表示が出る。

アクセルを少し開ければ、
元のように追従走行が始まる。
初めてメーカーオプションのナビを使った。
懸念していたブラインドタッチは、
思ったよりもやりやすかった。

左右のつまみと指先で識別できるボタンのおかげで、
操作は楽だ。
もちろんステアリングにもコントロールボタンがある。
問題視していた交通情報を試してみた。

聞きたい時は、
右側にあるメニューボタンを押す。
オーディオ表示になったら画面の下にある交通情報と書かれた部分を押すだけだ。

モニターにこの大きさを選んだ理由が解った。
使い易さを吟味したことと、
2DINが終焉を迎えることを予感させた。
この位置のモニターは論理的な問題を抱えていた。偏光グラスを装着すると、
識別が難しくなる。

いまやTALEXのサングラスは、
ドライブにおける必需品と行っても過言では無い。

サングラスを掛けた状態だと、
この画面にムラが生じて見えなくなる。

視線を緩やかに移せる場所で無いと、
GTの装備としては不適格だ。
東京駅に着いた。
ここまでの距離は303kmだ。
走行可能距離は300kmと表示され、
今回もワンタンクで帰ることが出来そうだ。

意外に道が空いていて、
アイドリングストップの時間は僅か4分。
それでも10cc程ガソリンを節約できた。

ホテルの玄関に車を置き、
しげしげと眺めた。

大きさも良いし、
クルマから漂うクオリティも申し分なかった。
会議で弁当が出た。

眠くならないように工夫された、
「おこわ」を主体に、
バラエティに富んだ「おかず」が奇麗に並んでいる。

解り易い入れ物で、
決して華美では無い。
走らせてきたB4と味の良さが重なった。

中身はホンモノでステキな食感も見事だった。
その余韻を味わいながら、
真っ暗になった東京を後にする。
駐車場からクルマを出して皇居まで来た時、
「今回も都内をリアルに走ってみようか」と悪戯心が湧いてきた。

神田橋から首都高に乗ろうと思ったが、
目的地を旧スバルビルにセットした。

朝のラッシュアワーに恵比寿を目指したのとは対照的なシチュエーションだ。
お堀の周りでトリップメーターをリセットし、
新宿に進路を向けた。

ハーマンカードンの音質も確かめたい。
初めてオーディオにCDを入れた。

お気に入りの曲を聴きながら、
夕闇の都内をのんびり走る。

信号で目の前に現れたマセラティのショールームに目が留まった。
昨年の名古屋モーターショーで、
新しいジブリを見た。
名門の敷居も随分下がったなと感心したが、

流石にプレミアムブランドの本拠は高級感が漂い、
ステキな匂いを振りまいていた。
すると滑り込むようにレクサスが並んだ。

脳裏に浮かんだ言葉は「品質本位」だ。
新型B4を誇らしく感じた瞬間だ。
さすがに新宿に着くとスバルが溢れていた。
ちょっとコンビニに寄ろうと路肩に停めると、
前にはレヴォーグが居る。
初台から高速に乗る前に燃費を見たら、

意外に渋滞が酷かったことが解った。
ところが全く苦痛では無かった。

ランプウエイを駈けのぼり、
首都高4号線に合流する。
また隣りに違うレクサスが並んだ。
高性能なセダンを欲しがる人は結構居るじゃ無いか。
並んで走りながら、
スピッツの極を口ずさんだ。
するとB4が、
「スロットルを開けて」とねだるように囁きかけてきた。

もうダメだ。
SI-DRIVEをS#に切り替えた。
ここからはクルマのセッティングと共に、
ココロもカラダも切り替えよう。
それはGC8のために整えている、
とっておきの走り方だ。
本気で走らせてもB4は凄い。
80%の部品を見直した、
全く別のエンジンだと毛塚主査は胸を張った。
内田PGMを見た瞬間に、
彼から漂うオーラを感じた。
そのオーラがどこから生じたのかその時は解らなかったが、
B4を本気で走らせたら理解出来た。
今度のレガシィは先代より遙かにクルマ好きが練り込んでいる。
それもメンバーでは無く、
開発責任者そのものが筋金入りの人物だと直感した。
帰りの中央道は思いの外クルマが少なく、
アップダウンの多い高速道路は、
新しいレガシィを試すのに具合が良い。
内田PGMはどういう気持ちで仕込んだのだろう。
サーキットで走らせた時より、
新型B4は遙かに面白かった。
リアルワールドでのB4は、
穏やかな見かけとは全く違う。
まるでスピードボートのように、
荒れた天候の中を突っ走る。
時には向かい風、
時には横風と荒れ狂う波を、
物ともせずに進んでいく。
八ヶ岳にさしかかるとブザーが鳴り、
気温が3℃を下回ったことを伝えてきた。

非常に粘る良いタイヤだが、
サマータイヤはここから一気にグリップ力を落とす。
幸いにも路面はドライのままなので、
安心して走る事が出来た。
ワンタンクで変える気持ちなど既に霧散し、
切れの良い操縦性を楽しみながら、
乗り心地の良さも改めて実感した。

クルマの要求に無理をせず答え、
残り僅かな距離だったが駒ヶ根SAで給油した。
そこからの走りがまた楽しかった。
B4は実に奥が深く、
世界中で愛されるだろう。
GC8と比べて本当に良かった。
あの走りを体感した後で、
このクルマに強烈な楽しみを覚えた。
何故こんなに面白いのか、
その隠された理由を、
ブログの愛読者だけにこっそり教えておこう。
内田PGMは1986年11月24日に開催された、
全日本ダートトライアル選手権で見事な実績を残している。
知る人は知るだろうが、
過去の競技実績など簡単に埋もれてしまう。
JAFのリザルトから引っ張り出した戦績は素晴らしかった。
STIの辰己さんや渋谷さんに引けを取らない腕だ。
全日本選手権で、
内田さんの参加したカテゴリーはDクラスだった。
これは改造車部門のエントリーで、
そう簡単に出場できる部門では無い。
その時優勝したのモンスター田嶋だった。
今でも現役で活躍されている。
僅か1秒07差で辰己英治の駆る最新型のレオーネが2位に入った。
内田PGMは11位だが、
そのタイムは1分47秒12で、
2位の辰己さんから4秒22しか離れていなかった。
しかも愛機は辰己さんの駆る最新型のレオーネターボでは無く、
一つ前の型のレオーネスイングバックだった。
そのようなクルマ好きをレガシィのPGMに据えた、
スバルの底力に改めて惚れた。