熱い祭りが終わった事を、まるで見計ったように、面白い男がやって来た。
「林檎のプロ」大角さんだ。出来たてのジュースをありがとう。中央に居るモンゴルの研修生を連れ、「社長、説教して下さい」と現れた。
確かに説教したことがあるが、意味も無く説教する事は出来ない。
でも「命に関わることを見誤っているとき」は、例え嫌われても言うべき事を言う。
それが説教に聞こえるかもしれないが、嫌なら来なけりゃ良い。
どうでも良い相手なら、無理に嫌われなくても良いから、黙って放っておく。しかし一生付き合うつもりの相手なら、傷をなめ合ったり、ごまかし合うのは性分に合わないので、時には傷口に塩をすり込むようなことも平気で言う。どうしても我慢出来ないからだ。
「我慢出来ないこと」には、論理的な事もあるが、ただ肌にゾッと鳥肌が立つような「直感」の場合もある。
毎年ドイツに行くようになり、5年ほど経った。初めて娘と一緒にニュルブルクリンクを訪れて依頼、絶対に行かない場所がひとつだけある。
この時一緒になった人達から、「あのお城に行って見よう」という話が出た。その時理由は解らなかったが、なぜか近寄る気になれなかった。
当たり前のことだが、特に娘と一緒の時は、可能な限りリスクを避ける。
父親なら誰だって同じだろう。ところがあまりにも因業になると、自分が客観的に見えなくなる。
そういう時に思わぬ災いを呼び込むものだ。
別に城の周りに危険物が有るわけでも無いし、治安が悪いわけでもない。
単なる直感で「嫌だな」と思った。「行きたいか?」と聞くと、娘も「行きたくない」と言った。
因業の例えとして、たとえば何かに「取り憑かれた」としよう。
表面上の魅力だけに支配され、我を忘れることを「取り憑かれる」と言う。
取り憑かれた本人は全くそれを意識できないが、周りから見たら変だなと思う。そういう時に注意が必要だ。
わけのわからない微熱が続いたりする事もある。限界以上に活動しても、それが間違ってると「思おうとしない」からだ。
そして周りにもその影響が伝播する。
突然理由の解らない病になったり、それまで調子よかったモノが急に壊れたりしても、当人は全く意に介さない。
そして自分のやりたいように、ますます因業になる。
軸足が欲望によって狂ってきても、思うがままに突き進む。
「嫌な予感」がしてならない時は、ハッキリとした意思表示が大切だと思っている。そして気分を変え、それらを払拭させる。
それに相応しいモノがあった。
これはあるスバリストが作っている線香で、気分転換にもってこいだ。
彼は大阪で線香の原料を調合し、自らの手で名の知れた仏閣に納めている。ある日、親しくしている安曇野の住職と、当社のショールームで鉢合わせした。二人にとって思わぬ良縁だった。スバリストが作るから、中津スバルにとってこれ以上の線香はない。
その直後に忘れられない出来事が起きた。後から考えると、
一本の輪で繋がっていた。そういう事を幾度か経験した。
時代劇などで不吉な事の前触れを、「鼻緒が切れる」事で表現する。出鼻をくじかれた時は、
気をつけなければいけない。
クルマに例えればパンクだろう。「真のパンク」ではなく、
クルマが目的の場所へ行きたがらない、と置き換えることが出来る場合に注意が必要だ。
手作りの線香は邪気を払う。
過去に、
行きたがらないクルマに出会ったことがある。行きたがらない、と言うより、帰りたがらないクルマだった。
強烈な個性を持つクルマには、魂が宿ると思っている。そのクルマのオーナーは、決して悪い人ではないが「クルマは見栄」と割り切っていた。
そのクルマを一日借りて乗り回し、手作り感の溢れる姿に感動した。返す前に奇麗に洗い、舐めるように拭いてあげた。
「楽しかったな、さて帰ろうか」と声を掛け、スタータースイッチを回したら、あろう事か「ウン」とも「スン」とも言わない。色々考えても、調べても理由が解らない。
まるで意思を持ったように、頑として言うことを聞かなかった。
そこで思い切ってエンジンルームを開け、インテークマニホールドを撫でてみた。もう一度スタータースイッチを捻ったら、エンジンが掛かかった。
その時クルマが故障したわけでは無かった。この時からクルマの見方が大きく変わった。
さあ一年に一度の祭典だ。魂を持つクルマ達が、
ゾクゾクと集まった。
このクルマのオーナーは、皆一味違う個性派揃いだ。
今年の祭りにはもう一つの重要な意味があった。
彼らの中に、このインプレッサを心配しなかった者など一人も居ない。
だから、今年のオーナーズミーティングで、このクルマを先頭にパレードランを計画した。念には念を入れて整備を進め、
前日には後藤さんと、開発に携わった富士重工OBの伊藤さんの面会も実現した。
快気祝いのハレの日を、遂に迎えることが出来た。
初代から2代目の全面変更も、この伊藤健さんの手で進められた。マイナーチェンジ目前に、とてつもない怪物がデビューした。
正にこの丸目こそ伊藤さん渾身の作品だ。
このS202に以前から高い評価を与えている。軽いからだ。
加納さんの愛機が、21日の深夜から明け方に掛けて盗難に遭った。名古屋市港区港陽町の学生寮から盗まれた。尾張小牧332る202インプレッサWRXのS202だ。自動車泥棒の情報があったら是非伝えて欲しい。
加納さんには気の毒だが、見方によっては「このままだと飼い主が危険だ」と、
一旦距離を置いたのかもしれない。
きっと戻ってくると信じて待とうじゃ無いか。

今回集まった22Bの中で、
特に深い愛を感じたクルマだ。
どの22Bも素晴らしい状態に保たれている。
展示中に動かす必要が生じたので、
シートに座りクラッチを繋いだ。
その途端、
クルマから優しく囁く声が聞こえた。
谷さんの愛機は驚くほど素直だった。

一年に一度こうして集まり、
「22Bとは何か」を深く掘り下げ、
時々狂いそうになる軸足を鍛える。

そもそも22Bは、
究極のインプレッサでは無い。
そのクルマの誕生に貢献した男と、

その販売に執念を燃やした男が、

本気で今のオーナーに真実を伝え続ける。
いつしかそれが22Bオーナーズミーティングの目的になった

そしてもう一人欠かせぬ男が居る。
その歴史的事実を、
モータージャーナリストの立場で追い続ける男だ。

22Bは1998年に生まれた400台限りの限定車だ。

本来ならば「555」台作るところだが、
僅か400台しか造ることが出来なかった。
量産の限界を超えるクルマだった。
だがSTIは執念で、
勝ち取った勲章を誇らしく飾るために、
ロードゴーイングカーとして仕立てた。
これは本物中の本物だ。
逆にWRカーは、
公道を走行するためにはあまりにも問題が多く、
簡単にそれを維持管理することは出来ない。
プロドライブは使った後の払い下げを、
彼方此方に売りさばき、
旨い商売をしていた。
プロドライブのWRカーが凄いように思われるが、
実際はまるで違う。
WRカーを作っていたプロドライブの人間さえ、
22Bを欲しがった。
何しろ純正のメモリアルカーで、
しかも快適に走る事が出来て長寿命だ。
当時プロドライブのディレクターだった、
デビッド ラップワースは22Bを手に入れ得意満面だった。
取材に使われ、
コリン マクレーが乗り回すことを、
本気で心配することもあったようだ。
22Bはラリーレプリカではなく、
スバルの勲章だと思っている。
即ち、
3連覇までに獲得してきた数々のトロフィーを、
全て溶かして昇華させたようなモノだ。
それに対して、
WRカーは勲章を得るための道具であって、
それ以上の何物でも無い。
そこに軸足を置かないと、
おかしな物に取り憑かれる。

クルマは正直だ。

メモリアルランで訪れた馬篭の紅葉は見事だった。

地域の有志で固めた「mikansei」というバンドが、
ミニコンサートの準備を始めた横に、

蘇ったインプレッサを置いた。

駐車場がこんなに小さく見える場所まで上がり、

恵那山麓の紅葉を楽しんだ。
中津川は本当に良いところだ。
こうして楽しいパレードもあっという間に終わった。
次は恒例の大宴会だ。

乾杯の後は、
恒例の正装で参加者は大いに盛り上がった。

先日話題にしたピエロ リアッティのッコ・ドライバーだった、
イタリアの女性「ポンズ」の着用していた実物だ。
実に良くこのブログを読み、
喜ばせるための努力を惜しまない凄い奴だ。

中津川の地鶏も旨い。

今回は島根県の出雲市から、
憧れだった22Bでやって来た若者も居る。

今日は旦那様の杯も進む。

今回は思わぬカミングアウトも有り、
インプレッサの歴史が又一つ明らかになった。

山本さんの〆で、
一次会は強制終了。

いよいよ二次会だ。

まず乾杯。
そのためにわざわざ藤田さんが三重県から駆けつけてくれた。

何しろ酒が浴びるほど有り、
日本中のつまみも揃って正に酒池肉林だ。

甕のしずくに加え、
大好物の〆張鶴まである。

まず一升さっと呑んで、

甕の封を開けた。

皆一斉に群がる。
ジャバジャバ呑んで、
大いに謳い語る。

寺田さん、ごちそうさまでした。
相変わらず「ミカンの歌」もステキでした。
すると、

騒いでいる様子を聞きつけ、
またETが捕獲されに来た。

けいご師匠もガンガン歌う。
するといつの間にかマリオが長渕に憑依された。

怪しいポーズで歌うモータージャーナリスト。
横で盛り上げるモータースポーツカメラマン。
とても良く息が合っていた。

するとこのように落ち始める。
ふふふ、これこそ待っていました。
何されても解らないのだ。
落ちる寸前は、
誰もが今日の想い出に浸り、
意味のわからない笑みをこぼす。

そして落ちていく。

最後はこうなる。

「知らぬは仏」とはこう言う事なのだ。

勢い余ってガンガン謳う。

甕も空になった。

もう絶好調だ。

手の付けようがなかったらしい。

ガンガン唄い、
説教までしたらしい。

「始末に負えない」とは、
まさにこう言う奴の事を言うのだろう。

何しろ酒が旨い。

そうこうするうちに、
夫婦で落ちた。
ふふふ、この後どうなったか絶対に書かない。

いつもなら騒ぐはずの男が、
ゾンビに取り憑かれ別室で集会を開いていた。

それに感づいて説教したらしい。
悪く思わず「愛のムチ」と受け取ってくれ。

この二人は激しく同意しているらしいぞ。
こうして夜は更け、
全員完全に燃え尽きた。

ショールームで飲むモーニングコーヒーは格別に旨かったはずだ。

知らぬが仏だから。
ふふふふふ・・・・・。
おわり