誰も居ない事務所で一人簡素な朝食を摂った。
可知さんが届けて下さったスモークチーズだ。雪印のプロセスチーズを使った、自家製の逸品だ。
チーズは大好物の一つで、特に熱して柔らかくなった物が好きだ。
炊きたてのご飯に、サイコロに切ったチーズを混ぜて、ギュット握った熱々の握り飯は、大好物の一つだ。ただし家族はあまり喜ばない。
人と少し感覚が違うのだろう。戴いたチーズも、こんな食べ方が好きだ。
事務所にあるオーブントースターにアルミホイルを敷く。分厚く切ったチーズを載せて数分間焼く。
「チン」とチャイムが鳴っても、暫く放置すると、
こんな具合に熱々の焼きチーズが出来る。
最初の一つは熱々なのでフォークで切った。これはロスが出るのであまりお薦めできない。どうしても少しくっついて残るからだ。が、待ちきれないほど良い匂いが漂う。一つ目を食べ終える頃になると、ほどよく冷めるので、
手に持って食べる。
表面はパリッとして、中はトロトロだ。コーヒーを飲みながら食べると、至福の時間を過ごせる。色って大切だ。
デザートカーキのようなホクホクした色も良い。
デザートは、桑名のまき子さんが贈ってくれた、メチャクチャ甘いミカンだ。
このシーズンは、ミカンがとても美味しい。やる気の出るオレンジ色も大好きだ。
体重が増えるので夜の11時過ぎにご飯だけ食べるのを止めた。今朝は我慢出来なくチーズを食べたが、おかげで昼を抜くことが出来た。
一人で忙しいので簡単に済ませた。電子レンジもあるが、マイクロウエーブで暖めるより、やっぱり直接加熱する方が旨い。
それに調理中の機械から、強烈な電磁波が出ているのを感じてから、無闇に使うのが嫌になった。
電磁波と言えば、携帯電話にも同じ事が言える。よく携帯電話を無くしてしまう。なるべく胸などに近い場所に入れないようにしているからだ。
手には持つが、置いておく事も多いので、いつも行方不明になる。しかし困った。年末の忙しい時なので、次の電話に乗り換える事にした。
皮肉なモノだ。
諦めて買いに行く途中で見つかった。
思いも寄らない場所にあった。
慌てると手順を無視するからだろう。
災い転じて福となる。
色々手続きするうちに、
最新の「6プラス」が無料でもらえることが解った。
「只ほど高いモノは無い」と怖い話だが、
カラダで覚えた商品に乗り替えた(笑)。
しかし、
もったいつけたような説明を窓口で聞かせる割には、
番号を移動するサービスはできないと言う。
自分でやるうちに、
だんだん頭にきた。
叩き付けようとも思ったが、

頼りになる相棒が会社まで来てくれた。
叩き付けるというと、
酷いことをすると思うかもしれないが、
結構この一週間は大変だった。
今年最後のかわら版の制作に取りかかり、

新春初売りの招待チケットも並行して確認した。
チケットは分担作業だが、
最後の確認をしなければならない。
こうして箱が届くとプレッシャーが掛かる。

日曜日はかわら版の原稿に全力を注いだ。

封筒やスピードクジもだんだん出来上がった。

こうして刷り上がると、
本当にスカ-っと晴れやかな気持ちになる。
この満足感が忘れられないから、
197号まで続けることが出来た。
いよいよ福袋の準備も大詰めだ。
カレンダーの作成や、
ポスター作りなど課題が山積みだが、
頑張ってくれている。

妻が駄菓子を数え、
面白そうな企画を考えている。
彼女は誕生日が来ると、
必ず時計をプレゼントしてくれる。
昔から高級時計に全く興味が無い。
その代わりG-SHOCKを衝動買いする。
なので、
妻は気を効かせて、
毎年ステキなG-SHOCKをプレゼントしてくれる。
ここ数年、
このPROTREKが好きでいつも身に着けていた。
すると今年は、
お洒落な配色のPRO TREKをプレゼントしてくれた。
ステキな黄色のコントラストが、
一目見ただけで好きになった。

XVとコラボレートすると良いなと、
以前このブログに書いたことがある。
覚えているだろうか。

ぴったりの素材が誕生した。
性能については、
先に報告済みだから、
それ以上何も言うことはない。
先日この色を塗った試作車を見た時には、
これほどの興奮を覚えなかった。
ところが、
届いたPOP STARを見てゾクゾクと興奮した。
「欲しい!」
とてもバックシャンだ。
外に出すと一回り小さく見えるが、
夜工房に届いた時は、
背が高いことも有り抜群の存在感を示した。

この角度から見ると、
黒とイエローのコントラストが良く解る。
トーンオントーンのブラックも良かったが、
雪山に乗っていくなら絶対こっちが良い。
この部分に、
今使っているPRO TREKのカラーコーディネートと共通性を感じた。
だからPOP STARを欲しくなったのだろう。

これで6MTなら、
何も文句は無い。
そろそろ出してはどうか。
PRO TREKとコラボすると、
余計な金が掛かるというのなら、
もっと良い手がある。
アメリカの「クロストレック」を導入すると良い。
ついでに20㎜高い方のシャシーを選び、
全車ルーフレールを標準装備させ、
でかいフォグランプが付くようにバンパーを少し加飾する。
PROTREK風のステンシルを貼り付ければ、
もう鬼に金棒だ。
想像するだけでワクワクする。
物凄く迫力が出そうだ。
こういう特別仕様車を、
限定で出せば、
またきっと盛り上がるだろう。
しかもMTだけしか作らない。
そうすれば先に買った人からも、
文句は出ないだろう。
何しろ「MTバカ」は、
誰が何と言おうともMTしか買わない。
我慢してまでATに乗ろうと思っていないので、
指をくわえている人達は、
すぐ飛びついてくれるはずだ。
300台ぐらいなら、
今のスバルの実力なら絶対に秒速で売り切れるだろう。
つまらないモノでも、
「限定だ」といえばあっという間に売れる。
こう言う本当に「待ちに待ったモノ」を、
本気の限定車で儲からなくても出す。
そんなファンサービスをして欲しい。
どうだろう、
賛同する人は居ないか。
ATに乗りたくない気持ちがあるせいか、
名車BP/BL系のMTを見るだけで、
ゾクゾクと興奮する。

今日も採れたての新鮮な魚が入った(笑)。

ヒヒヒヒヒヒヒ・・・・・・、
見ただけで嬉しくなるじゃないか。
少し距離も伸びているので、
初売りに備えテストを頼まれた。
店頭に並べる前に徹底的に整備するためだ。
それにしても、
なぜ皆オートマチックばかり乗るのだろうか。
それは日本の道路事情のためだろう。
またアメリカナイズされた生活も、
繊細な操作を要求されるクラッチ付きのクルマから、
顧客を引き離した理由だろう。
昔はオートマチック車のことを「トルコン」と言って、
緩慢なクルマの代名詞とした。
また口の悪い人は「×〇□△のクルマだ」などと揶揄したが、
トランスミッションの技術革新が相次ぎ、
今では燃費もCVTの方が良くなった。
そうなると、
この左にあるペダルが疎ましくなるらしい。
ばかだなぁ。
しっかり覚えればこんなに楽しいモノは無いのに。

三つペダルがある事が疎ましくなると、
MT車にはもう乗れない。
面倒な操作の入らないクルマが良いに決まっている。
「クラッチが減る」というネガティブな面も、
MT車離れに加速を掛けた。
クラッチを傷めない運転を教えずに、
オートマ専用免許を新設すれば、
クラッチ操作が疎ましくなるに決まっている。
娘に教えたいのだが、
「いらない」とつれない返事だ。
彼女は限定免許じゃ無いので、
MTを運転して良いのに、
全く乗ろうとしない。
その代わりスマートフォンの扱いは上手い・・・・・・・
いろいろな人と関わることが多いが、
運転がそれほど苦手では無い人、
と言うよりむしろ大好きな人でも、
正しいクラッチ操作をしていない。
当たり前だ。
教えてもらったことが無ければ、
解るわけが無い。
ほとんどの人が、
発進時に誤った操作でクラッチを繋ぐ。
解り易く言うと、
「フライホイールの力」で発進しようとする。
BRZの試乗時に、
親しい人にはその辺りを良く説明した。
今はドライブエクスペリエがあるので、
そんなお節介なことをしなくても、
希望する人には念入りに説明している。
クラッチの減った量は外から言えない。
だから感触で探る。
減っているなと感じたら、
余計にフライホイールの力を使わず、
「ブン」と上手くクラッチを合わせ、
スムーズに発進すると良い。
一度滑らせると、
加速度的にクラッチディスクは消耗する。
特にターボ車は顕著だ。
ベアリングやカバーにもへたりは出るので、
ディスクだけの問題ではない。
おかしな臭いが続くような時は、
早めに点検しないと行けない。
中津シェライフェの雪は未だに溶けない。
しかし、こんなシーンがたまらなく嬉しい。

ここから至福の時が始まる。
早めのブレーキで適切に減速させ、
クルマの挙動を替えないよう、
コーナーの先を考え丁寧にシフトダウンする。

左足でクラッチペダルを踏み、
右足で優し~~~くブレーキペタルを踏みながら、
土踏まずの右側あたりでアクセルをちょいと開け、
エンジンの回転を上げる。
誤解されると困るが、
こんなことを無理にしなくてもMTには乗れる。
むしろやらない方が良い時も多い。
しっかりブレ-キだけに集中し、
半クラを使って丁寧に繋げば良い。

ポンと踏んだリズムを活かして、
ホイッと三速に入れる。
コーナーの先が上り坂だと、
実に気持ち良く次の加速が始まる。

エロビデオしか見ない奴は、
女を気持ち良くさせられない、、、と昔GT-Rの側で説明していたニッサンの人に話した。
貴方ねぇ、いくら高性能車でも、
オートマチックじゃあねぇ。
棒で掻き回さないと、
オトコは興奮しないんだよ・・・
などと言いたいことを言ったら、
「ウチの水野はそういう話が大好きなんです」と嬉しそうに話してくれた。
奴らも本当は解ってるんだ。
車でスポーツする愉しさを。

そんなことを考えながら、
最高のシチュエーションを楽しんだ。

まだ明るいのに氷点下だ。
黒のXVで走った時より雪が締まって楽しくなっていた。
猪生まれなので、
やっぱり猪突猛進型の性格かな・・・・・
等と考えていたら、
あっと驚いた。
道路上にでかい家畜のようなモノが居る。
それほど慌てずこちらを見ていたが、
流石にクルマが近づくと山へと向かった。
写真では小さく見えるが、
物凄く大きな猪だった。
あんなにでかいのが、まだ明るいウチからのさばっているなんて、今年の気候はやはりおかしい。
振り返りながら去って行ったので、
思わず車を降りて見送った。

あの猪は何を伝えたかったのだろう。
何となく波乱の新年を迎えそうな予感がした。
見方を変えれば、
来たる西暦2015年は、
かなり面白い「勝負の年」になりそうだ。
猪歳生まれに対するメッセージを感じたからだ。
環境破壊と一言で括れないことが山ほど有る。
人里に野生動物が降りてくるのは困った話だが、
何も居なくなるような怖い世界も嫌だ。
Before今月の半ば、
早朝から重機の動く音が聞こえた。
After河川に堆積した土砂を取り除き始めた。
Before
大型のパワーショベルと、
ミニバックホーのコンビで、
実に手際よく土砂を掻き集め運び出した。
土の溜まっていた部分が白くなっている。
After
この河床は平成8年頃に整えられている。
国道19号線を4車線にした時だ。

Before
ここまで奇麗に土砂をすくい出して作業は終わった。
ちょっと引っかけた場所も、

After
奇麗にセメントで整えられている。

Before
少し残念な気もした。
ここにイシガメが居るのを見たし、
ヤマメまで棲息するようになっていた。

After
バックホーのオペレーターに、
「おはようございます」と声を掛けた。
色々生息する場所だから、
何か居なかったか尋ねると、
大きな目を開けて、
「うん、さっきそこで鰻が飛び跳ねたんだよ」と言った。

Before
土砂に埋まってしまったが、
まさか鰻が居るとは思わなかったのでビックリしたそうだ。
堆積していた泥は有機物を沢山含んでいるのに、
不思議なことに「泥臭く」なかった。

After
中津川の地勢は典型的な河岸段丘の中に形成された。
自然が作った肥沃な土地は、
常に危険と背中合わせでもある。
川のお向かいに住む吉村さんは、
代々この土地で暮らしている。
おばあさんに良くお茶をご馳走して戴くが、
「子供の頃は大雨が降ると地響きのような音が長い間続いて生きた心地がしなかった」と聞かされたことがある。
土石流を防ぐために、
砂防ダムが作られこの辺りも水害から守られるようになった。
しかし油断すると、
溜まった土砂が橋を詰まらせ、
周辺の家屋に増水した水が流れ込む事になる。
昔なら田んぼだった場所に家が建つようになったから、
余計に注意しないといけない。

国道ベイル明日に架かった橋から下流を見ると良く解る。
新しく作った河床を浚渫することは出来るが、
昔の国道に架かる橋は、
中仙道の延長線上にある古い場所だ。
今年の夏の大雨で、
南木曽を襲った白い雨が、
この辺りに降らない保証は無い。

桜の古木は旅人を眺め続けてきた。
この橋が架かる前は、
馬車が通る程度の木橋だったらしい。
人々は橋と言うより、
むしろ川に降りる感じでっここを渡った。
向こう側に見える成瀬さんのおじいちゃんは90歳近くになる。
家のある土地も低かったそうだ。
国道として舗装され橋が架かった年月が記されていた。

高度経済成長へ向かってまっしぐらの時代に、
作られた橋だ。

バックホーのオペレーターは、
不思議そうに聞いた。
「この辺りの川はみんなこんなふうになっちゃうんだよ。どうしてかな」
そりゃあそうだ。
脆い土質で出来た土砂が、
大雨によって削り取られ、
深い渓谷を埋めてゆく。
肥沃な土地が生まれ、
人が集まり栄える。
人類は常に危険と背中合わせで繁殖しているのだ。
中津スバルの塀の横には地中から出た怪しげな蓋がある。

古人は常に知恵を蓄え、
生きるために努力を続けた。
その結果、
この辺りには沢山の溜め池を作った。
夏に渇水が起きて、
田んぼの水が無くなると溜め池の水を抜く。
するとこの水路を通り、
中津スバルの下を大量の水が流れていく。
XVの下にマンホールが点々とあるのは、
その点検を容易にするためだ。

溜め池はかなり上の方に有り、
普通の人では絶対に探せない。

溜め池から出た水は、
六地蔵川に運ばれ、
そこを流れながら、

各所にあるこの様な取水口から取り込まれ、
各家の軒先に水を供給し田畑を枯渇から守った。
危険と繁栄は隣り合わせだ。
片方を伸ばし、
もう一方を押さえ込む、
それが永遠の課題だろう。
それを追い続けるのが正に文明そのものなのか。

溜め池の位置は、
向かいにあるガソリンスタンドを見ると説明しやすい。
建物の大屋根に看板が付いている。
その遙か後方の中央自動車道を越えたところにひっそりと隠れる。
溜め池の水を抜くなら心配ないが、
想定を超えた大雨が降れば、
ここも無傷では住まない。
このスタンドと、
中津スバルのリニューアルはほぼ同時期だった。
ガソリンスタンドにするため、
そこにあった大きな製材工場を解体し更地にした時の事。
まだマンホールの無い古い工場の頃だった。
ある日突然、場内で口を開けていた点検口から大量の水が噴き出した。
整地して真っ平らな広い土地から、
雨水が一カ所に集中し、
何故か導水管に入り込むのだ。
夕立の度に工場内が水浸しになるのは、
とても辛いことだった。
災害は忘れた頃にやってくる。
片付けられていく土砂を見て、
「ああビオトープが無くなったなぁ」と少し感傷的になった。
しかし水害の怖さを考えると、
あの狭い橋の上に、
土砂が堆積すると大変危険なことが解る。
一番奥が中央自動車道の橋脚。
その手前が平成8年頃開通した国道19号線の橋脚だ。

それに比べこの昭和39年に出来た橋は、
あまりに脆弱だ。
作業中に橋の上に立ち、
上流を眺めた。

本当に災害の重なった年だった。
川を見ながら深く考え、
一年を振り返る一日になった。