季節は巡る。
春になると毎年WRXを愛する気持ちが騒ぎ出す。
2015.04.09
出張からの帰り道、
ふと思い出した。
勘が当たった。
散り始めの素晴らしい姿を披露していた。
今年の4月は例年に比べ気候が不安定だ。
そう言えばあの頃から天候は不順だった。
ここは深い森に囲まれた、
「山のハム工房 ゴーバル」だ。
しっとりとした山の空気に包まれながら、
WRX STIを優しく迎えてくれた。
この中では、知る人ぞ知るハムが作られている。そこでハム作りを陣頭指揮するのが桝本さんだ。
プレオをお買い上げ戴き、
そのご縁で知り合った。
一度訪問するという約束をやっと果たせた。
ゴーバルは商品を店頭販売しない。唯一の例外は恵那駅前の物産施設だ。それ以外は、すべて顧客の注文に対して直接郵送する。
開田高原のペンションにも御得意様があり、プロからの信頼も厚い。

何気ない看板だが、
見た瞬間に手作りの味を感じた。
看板は大切だ。
「暖簾」と言い換える事も出来る。
ドアを開けたが人の気配が無いので、
「こんにちは」と声を掛けた。
すると奥から「はい」と男の人の声が返ってきた。
しばらくすると社長の石原潔さんが現れた。

残念ながら桝本さんは留守だった。
お弟子さんの一人が修行を終え故郷へ帰るので、
送別会の真っ最中だった。
事務所に通して戴き、色々なお話しを伺った。棚に商品見本が飾られていた。
沢山のハムやソーセージに加え、生肉も並んでいる。
ゴーバルの凄い所は養豚まで手がけている事だ。
だから美味しい豚肉も直接買える。
厚さも自由に指定できる。
折角来たので好物を買った。

この辛さは半端ではなく、
実に旨い。

娘が早速調理した創作料理は、
ほっぺたが落ちるほど旨かった。

石原さんは獣医をされていたそうで、
家畜とは深い繋がりがある。
来た時から感じたが、
工房の周辺に何か独特の雰囲気が漂っている。
「発酵」し「熟成」するのに相応しい命が溢れているのだろうか。
ここの環境はドイツに似ているのかもしれない。

ハム工房の中を見せてもらうと、
ここで一ヶ月ほど熟成された豚肉が、
美味しそうに並んでいた。
このあと3ヶ月ほど、
更に乾燥させ旨味を出していく。
素晴らしい工房だった。
ゴーバルは商品開発力を備えている。
養豚から精肉加工そして発酵燻製まで、
自社一貫で生産している。
だから確かな商品が看板を形作った。
看板や暖簾はそのシンボルだから、
技術と知識同様に、
とても大切なのだ。
簡単に金で手に入るものでは無い。
「執念」でブランドを磨くと、
そこに信頼と脅威が宿る。
その翌朝も雨模様だった。

2015.04.04
望桜荘の桜がようやく膨らんできた。
ヤマザクラはソメイヨシノより開花が遅い。
そして花と一緒に若葉も一気に開く。

幹の周りの草取りをしたいが、
雨が続くので手を付けることが出来ない。
そこで更に場内の改善を続けた。
東京の片岡さんからお預かりした初代レガシィも、
最終検査を終え週末にお返しする予定だ。

そこで、
ピカピカにしたピットで検査を施し合格した。
即ち記念すべき第一号車だ。

些細なことだが、
ここに大きな喜びが隠れている。
これも下地作りから始めた。
内部照明も取り外し、
整備士3人が力を合わせて塗装した。

気持ち良く仕上がった。
雨がやんだので外に出ると、
いつの間にかヤマザクラが八分咲きになっていた。

2015.04.06
次の日も朝から雨だった。

北原課長がリフトの手入れを再開し、
黒錆転換剤を塗り始めた。

燻し銀の輝きが良い仕事に繋がる。
丁寧に設備を磨くことは、
技術を磨くことと同じだ。

スバルを売るためには「技術」のバックボーンが欠かせない。
それ以上に必要なのは「スバルらしさ」とは何かという、
知識も正確に持つ事だ。
スバルがこれまで残れた理由は、
確かなモノ作りの蓄積にある。
その中で最も大切なのは、
水平対向エンジンだ。
第三世代を迎えた水平対向エンジンは、
歩むことを止めずひたすら熟成を続けて居る。
このエンジンが無ければ、
スバルの存在価値さえ疑われる。
それほど重要なファクターだ。
現在の世界的な視野でスバルの水平対向エンジンを鑑みる。
すると、
中心的役割をFB25型水平対向エンジンが担っている。
直噴エンジンの影に隠れがちだが、
完成度は高く海外における評価も抜群だ。
このエンジンが今後どのように磨かれるのか興味深い。
以前にも触れたが、
スバルの技術開発力は並外れている。
その理由はバックボーンにある。
こうした事実を深く知るのも大切な仕事だ。
もう一皮剥けると、
更に次のステップも見えるに違いない。
だから社員全員で米国に行く。
インディアナ州ラファイエットにある、
スバル・インディアナ・オートモーティブ(SIA)を見学し、
なぜ急激に躍進したのか事実を目に焼き付ける。
そして確かな整備技術を確立し、
確かな商品知識を常に提供する。
そこに中津スバルの存在価値もある。
「かわら版」もいよいよ200号を迎える。
これまでスバルの正しい情報を常に満載してきた。

12年ぶりにシンボルマークも更新される。
それと重なるのは単なる偶然では無い。
看板工事の職人は悪天候をものともしなかった。
朝礼が終わるのを見計らい、
「これから吊ります」と連絡が来た。
いよいよ新商標に交換の時が来た。
「柱の話は面白かったですよ。
次は看板を吊り上げる所が見たいですね」

棚橋さんから、
ブログのリクエストが届いた。
ビジュアルな世界で活躍するので、
その視点は鋭く注文もうるさい。
レヴォーグを購入して戴いた以上、
リクエストに応えねばなるまい。

雨に濡れながら、
タワーサインを取り付ける様子を撮影した。
新しいシンボルマークは、
シルバー基調にスバルブルーが冴える。

職人の腕の見せ所だった。
思ったより速いスピードで吊り上げた。
手に汗握る光景がしばらくの間繰り広げられた。

時折風が吹く雨の中で、
見事なチームワークが繰り広げられた。
雨も厄介だが、
上の動画を見るとその理由が解る。

見事に取り付けが終わった。
思わずガッツポーズが出た。
興味のある方はご覧戴きたい。
一気に溶接作業が終わり、
夜になり点灯する頃には、
既に東京に着いていた。
かわら版200号は倍の手間を掛けて作る。
そのトップを何で飾るか迷いに迷った。
やっぱりこのクルマしか無い。
レガシィとは全く別の側面を持つ、
スバルの看板だ。

醸し出す迫力は只者では無く、
明らかにもう一つのフラッグシップだ。
走行距離は4000kmを超えた。
出発前にレ・プレイヤードゼロをたっぷり飲ませた。
ほぼノンストップで東京に到着し、
ホテルの部屋でかわら版の原稿を作っていると、

友から電話が入った。
青森スバルの大川さんだった。
「社長、昔よく行った美味しい店があるので一緒に行こう」
と誘われた。

何も食べず原稿を作っていたので嬉しかった。
待ち合わせてホテルを出ると、
彼は「寒い寒い」と言い続けた。
青森県民がこの程度で「寒い」だと??
どういう事だ。
ずっと車で移動したし、
モンベルのパーカーを着ていたので気付かなかった。

この時の気温はかなり低く、
本当に寒かったらしい。
馴染みの店だという割には、
情報収集が出来てない。

この奥にある、
目的の居酒屋は、
シャッターを閉めていた。
残念だが別の機会を楽しみにしよう。
気分を切り替え近くの居酒屋に入った。
ガランとした広い店だった。
一つ一つの商品は安いのに、
支払いになると「えっ」と思う金額だった。
チェーン店のような「暖簾の無い店」は、
やはり味気ないから割高に感じる。
、

青森県人はずっと寒いと言い続けた。
そのせいか翌朝は本気で寒くなった。
強烈な風が吹き横殴りの雨だった。
持っていた傘も壊れてしまった。
びしょ濡れになりながら、
コインパーキングの機械に千円札を挿入すると、
何度繰り返しても吐き出される。
濡れてしまったからだろう。
本気で凍え死ぬかと思うような冷え方だった。
クルマのエンジンを掛け走り始めた。
するとウインドゥガラスには雨粒に混じって、
固形物が付着した。
みぞれ交じりの雨になった。
4月の東京で雪が降るなんて、
これまで一度も経験が無い。
吐く息が白くなるような場所だったが、

仕事は上手くいき、
この二頭を連れ帰った。

なかなか思うように入手できないからだ。

軽量ホイールの似合う素敵な個体だった。
少し疲れが見えるが、
それを見事に蘇らせるのが中津スバルの務めだ。
最近は渋い色のWRXが人気だ。
きっと面白いクルマになるだろう。
仕事が終わり移動を始めると、
思わぬ光景に目を疑った。
東京近郊の山々が、
真っ白になっていたからだ。
するともう散るはずの桜が、散らなくなった。高速道路を降りて、マニュアルシフトを楽しみながら、夜桜を眺めに行った。
とても四月とは思えぬ寒さで、人通りもまばらだった。夜桜が奇麗だった。
こんな事は初めてだ。
東京近郊を後にして、
山梨の甲府から諏訪へと移動する。
どこでも同じように桜が美しい。
何と釈迦堂SAの周辺では、
桃の花まで美しく開いていた。
こんなに嬉しいことは無い。
桜が満開になった景色が尽きないのだ。
それで冒頭の桜を思い出した。

数年前と同じ美しい姿だ。
WRXで訪れた場所は、
淡い桜色に包まれていた。
すぐ脇の小径に偶然迷い込んだ。
すると奇麗な田園風景が広がり、

川の畔に桜並木があった。
この辺りも前日は荒れたのだろう。

川の水の濁り方で全てを悟った。
今年ほど長く桜が楽しめる年は、
もうしばらく来ないかもしれない。
行く場所行く場所で桜に出会えた幸運な旅だった。
戻ると走行距離は700kmを超えていた。

WRXを望桜荘の桜が迎えた。
こちらも満開になっていた。
花と一緒に葉が開くヤマザクラ独特の美しさを持つ。

タワーサインだけが看板では無い。
この桜も今では中津スバルの大切なシンボルだ。
いつまでも大切に守っていきたい。

2015.04.09
同じようにレガシィだけがスバルのフラッグシップでは無い。
WRXも今では堂々としたスバルの看板だ。
「スバルらしさ」とは何か本気で理解しないと、
WRX STIを売る力が身に付かない。
WRXを700km以上走らせ、
「スバルらしさ」が改めて解った。
慣らしの終わったWRXは本領を発揮し、
本気を出せば出すほど、
「もっともっと」とその上を強請(ねだ)る。
改めて高性能な運動能力を実感した。
このクルマからは自信が漲っている。
格調高いエキゾーストノートは、
インプレッサの戦う伝統を十分すぎるほど感じさせる。
かわら版200号の巻頭を飾るのは、
やっぱりこのクルマしか無い。
新しいWRX STIなら「S」を作り出せる。
但しそのためには「べったり」と地に貼り付くような走行性能が欠かせない。
エンジンのバランス取りも必要だ。
カーボンルーフにする事も韻の一つだ。
遂に800万円を超すかもしれないが、
このクルマにその資質はある。
新しいWRX STIならやっと「RA-R」を作り出せる。
ただし手段を選ばぬ軽量化が必要だ。
今の性能をそのままに1.4トンを切る事が出来れば、
再びあの称号を名乗る資格を得るだろう。
この出張で実験を試みた。
新車時のオイル交換をいつすべきか。
試してみて本当に良かった。
これからは迷うこと無く言える。
新車から1000km走ったら、
すぐスバル専用オイルを入れるべきだ。

最近は5000㎞まで乗る人も多いが、
1000kmで交換した方が良い。
エルフ レ・プレイヤードゼロの効果は抜群だ。
だからもう何も迷うことは無い。
新車から1000km走ったら、
古いオイルを抜いてしまおう。
そしてオイルエレメントを交換し、
このオイルを入れて欲しい。
最新のSTIで不満だったのは、
昔のようにダイレクトなスロットルフィールでは無くなった事だ。
発進時にゆっくりとスロットルを開いた時、
操作に対してエンジンがリニアに反応しない。
その傾向をスバル専用オイルが見事に解決した。
このエルフオイルはクルマのポテンシャルを間違いなく高める。
以前から推奨しているオイルだが、
最新のSTIでもこれほどの性能の差が生じた。
驚いた。
ぜひ使って欲しい。
この東京出張往復で、
完全にクルマの当たりが取れた。
エンジンはスムーズに回り、
発進時に気になっていた低回転でのもたつきは解決した。
オイルの性能で完全にカバーされ、
渋滞しようが信号が多かろうが全く気にならない。
慣らしの終わったWRX STIで高速道路を走ると、
その上品で獰猛なエキゾストノートに痺れる。

この素晴らしさを是非味わって欲しい。
おわり
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