中瀬さんにインプレッサWRXをお渡しした。
タイチ君も小学校一年生なり、すっかりお兄さんぶりが板に付いた。
二歳になった弟のユウタ君も、素晴らしい腕白坊主になった。将来のスバリストに間違いなかろう。
完全に仕上がった愛機で、恵那峡グランドホテルに向かわれた。
今ごろご馳走を楽しまれていることだろう。
猛暑と共にやって来たGC8に、思う存分愛情を注ぐことが出来た。
車検整備を終え痛んだペイントを補修した後、高速テストをした結果、
いくつかの問題を見つけた。
車検には何の問題も無いが、シフトフィーリングは最悪だった。
そしてシャシーにも不自然さが目立った。速度を高めれば、「それなり」に楽しいが、低中速域でギクシャクと気持ちが悪い。これでは舞うような走りが出来ない。
中瀬さんに改善を提案すると、快く承諾して下さったので、すぐ北原課長が改善に取り組んだ。
まず車体からシフトリンケージを取り外し、
入念に調べた結果、
予想通りシフトレバーのジョイントにガタツキがある。
このためシフトノブを握るとクタクタに感じた。シフトブーツも外れ見栄えも悪いので、
丁寧に分解し、経年劣化で粉砕しかけていたブッシュを取り除いた。
これだけでは不十分なので、
細部を丁寧にオーバーホールし、
なるべく元の状態に戻した。
既にシフトリンケージは新品で入手できない。
アッセンブリーで供給が不可能でも、
この様に手に入る部品を上手く使えば、
まだまだ楽しいクルマに蘇る。
更にシャシー全体を良く見ると、
リンケージだけでは無く、
抜本的な改善が必要だった。
トランスミッションと車体の接合部を改善する必要があり、
クロスメンバーに付いているラバーブッシュを全て交換した。

次にミッションマウントを交換する。
このクルマには、

元々STIの強化マウントが付いている。
そこで同じ物を取り寄せた。
こちらの部品は新品に交換が可能だ。
高速道路で、
加速すると気持ちの悪い振動を覚えた。
その原因はプロペラシャフトのセンターベアリングだった。

プロペラシャフトを外し、
センターベアリングを確認したら、

かなり劣化して中心がズレていた。
右の新品と左の古い部品を比べると劣化の度合いがわかる。
ここまでの劣化を見た以上、
エンジンマウントと、
ピッチングストッパーも交換した方が良い。
リヤデフ周りを点検したら、
かなり問題の根が深いことが解った。
リヤデフを吊っているクロスメンバーのブッシュがおかしい。何かが無理矢理被せられているように見えたので、北原課長が右側だけナットを外した。
するとナットの下に強化ブッシュが押し込まれていた。ワッシャーの下にカラーがあり、それを抜き取ると標準のブッシュが現れた。
外した部品のカラーは、奥までブスリと差し込まれ、硬いスペーサーと共に友締めされていた。
さらに問題を見つけた。デファレンシャルマウンティングに、何かが挟み込まれている。

通常なら無いはずのパーツで、
クルマの柔軟性に悪影響が出ていた。
この状態だと、
デファレンシャルケースを、
クロスメンバーごと取り外すしかない。

ミッションジャッキでクロスメンバーごと取り外して、
次にデフケースを取り外した。

デフマウンティングの上下左右に、
硬いラバーブッシュが挟み込まれていた。
これらの強化パーツが、本来のインプレッサらしい運動性能を大きくスポイルしていた。だから気持ち良く走れなかったのだ。
残念だがブッシュだけ交換できないので、下にある新品のマウンティングに交換した。
そしてリヤデファレンシャルギヤBOXを、
元通りに戻した。
クロスメンバーの正常なリヤブッシュが見える。
この後、お預かりしてから2度目のテストを終えた。
こうしたクルマの問題を見つけても、
オーナーが提案を受け入れるとは限らない。
中瀬さんから全幅の信頼を戴き、
北原課長も整備士冥利に尽きた事だろう。
さぞかしやり甲斐があったに違いない。
クルマの整備には、
生まれつき持っている個性が表れる。
北原にも吉村にも杉本にも共通する事は、
指先が器用だという事だ。
整備技術はなかなか奥が深く、
ねじ一本締めるにも熟練の技がある。
だれがどのように締めたのかで、
走りの味も信頼性も違ってくる。
こうしてGC8の走りはしっかりと蘇った。
ヒラリヒラリと舞うように走り、
パンチの効いた鋭い加速も見事だった。
初代インプレッサWRXの持ち味は、
強烈に俊敏な走りが、
柔軟に掌の中に収まるところに現れる。
この味を受け継いだのが、
紛れもなくBRZだ。
最近毎週のように中央高速道路を走った。
東京出張の直後、
故障車のレスキューで双葉SAまで行った。
往復400㎞を一気に走り終え、
フォレスターに乗り換えた時は、
まるでフォレスターをスポーツカーのように感じた。
キャリアカーのダルなステアリングをあやし付け、
上下動で股間が痛くなるようなヒステリシスな空間で我慢を続けた。
だから、
乗り換えた瞬間の素晴らしさは言葉に言い表せないほどだ。
そして9月も早々から東京出張が控えていた。
でもその前にどうしてもかわら版を発送する必要があった。
そこで出来上がった最新号を岐阜まで受け取りに行った。
やはりWRブルーパールには華がある。近年で一番気に入った仕上がりだ。
裏面のまとまりも良いので、早々に送り届けたかった。そこでフォレスターで岐阜まで往復する間に、
BRZのセイフティチェックを終えることにした。
良く考えたら、
まだギヤオイルも換えていなかった。
そろそろ4000kmを超えようとしている。
乗り味に何の不満も無いクルマだが、
一点だけ気になることがあった。
これまで乗った2台のBRZに比べ、
1速から2速、
2速から3速と変速する時に、
ざらつくような手応えがある。
そこに不満があった。
慣らしも終わったので、
今回の出張では、
本気でBRZを走らせるつもりだった。

岐阜から戻ると、
BRZはピットの上で帰りを待っていた。
北原課長はトランスミッションとリヤデフに、
モチュールの75W90を選んだ。
エンジンオイルも、
最近大人気のレ・プレイヤードゼロを使い、
オイルエレメントと共に交換が完了していた。
オイルが新しくなったBRZで、
東京へと一気に向かった。
東京に行くと、
やはり首都高速が一番面白い。
なかなかアグレッシブなドライバーも多く、
サーキットさながらの緊張感も楽しめる。

こんなターンを荷重変化だけで決めることが出来るようになると、
スムーズドライブの大切さが良く解る。

ステアリングは最初に切った角度を維持し、
微少なアクセルワークのみでクルマを完全に支配下に置く。
高速道路をクルージングするだけなら、
6速ギヤを多用したい。
メーターの情報表示も良い。
6速に入れ時速はほぼ90km。
平均燃費は1リットル当たり10.9kmと自動で表示される。

でも6速じゃあ面白くない。
シフトダウンして空に向かうように加速した。

ほぼ時速100㎞まで加速した時、
エンジンは3000rpmを境に、
更に勢いを増して楽しいサウンドを奏でる。

この後、
開田高原まで脚を伸ばした。
そして動力性能を引き出した。
深く息を吸い、
エネルギーを燃焼させ、
持てる力を使い切る清々しい走りだ。
これは過給エンジンには無い、
自然吸気エンジンに感じる人間臭さかもしれない。
あまり上のギヤを使わず、
4速中心にエンジントルクの厚い部分を引き出してやる。
かといって5000rpm以上回す必要も無い。
あまりブン回すと帰ってロスを感じる。
良いオイルを喰わせてもらったせいか、
右足の動きとエンジンの鼓動が粘りけを感じさせながらピタリと融合する。
これは泳ぐ時と良く似た恍惚感だ。
出張から帰った夜、
早速それを確かめに行った。
夜の10時になると、
プールに人影は無い。

貸し切りの状態で1000m泳いだ。
この日のタイムは、
1週間前より16秒ほど速い、
28分14秒だった。
この時、
タイムに拘って泳いだ。
だから終わった後の爽快感はあったが、
途中で水を吸い込み、
むせたりもした。
途中で息苦しくなり、
決してリズミカルでは無かった。
だから続けて次の日も泳ぎに行った。
時計を外した。
タイムを縮めたい気持ちに変わりは無いが、
伸びやかに泳ぐことを心掛けた。
息を吸い込み、
水を蹴ると同時に、
手をぐーんと前に伸ばした。
そして一気に水を掻く。
ダイナミックに泳げた。
素晴らしく楽しかった。
前の日とは全く違う爽快感を、プールから上がった後で感じた。
何も使わず、自分のカラダだけを頼りに、舞うように泳ぐ事ができた。
BRZにもフィジカルな楽しみが溢れている。紛れもなくSUBARUが作ったスポーツカーだ。
全国にはまだ、自身の作った4WD至上主義に囚われ、BRZの素晴らしさを見抜けない人も多い。スバル関係者にさえ居るくらいだから、それは仕方が無いだろう。
しかしスポーツカーしか感じない、伸びやかで羽の生えたような愉しさは、他の何かを犠牲にしてでも、いつまでも味わい続けたい至高の世界だ。
次のブログでは、思わぬスポーツカーの登場について語りたい。
おわり