




















欧州のようなクルマの本場でスバルに乗ると、












STIの文字を見た時、そうか!その手があったか!と、思わず手打ちをしてしまいましたが(笑)、現実はそう甘くは無いのですね。
確かに、レガシィをはじめ、レヴォーグ、フォレスター、XV等の価格とは一線を画した帯にあり、現実問題として今の日本では、相当な高収入の持ち主でなければ手にすることはかなわないでしょう。
でも、だからと言って初めから諦めるのではなく、台数限定やSTIバージョンでも良いので是非ともラインナップには加えて頂きたいですし、今すぐ買える訳ではないとわかっていても、その夢を見させて頂きたい、見続けさせて欲しいと思います。
日本中の車はもとより、世界のメーカーの車の何を知っている訳でもなく、と言うよりは何も知りませんが、ハンドルを握り出してから、ようやく「これだ!」と確信出来る車に巡り会えた気がします。

思い切りロングドライブして自分を鍛えたくなってきました! 笑

そうそう、前から伝えておきたかったことが記事の中にあって、ボクが小5のときだったかな、もう30年ちょっと前になりますけど、巨人の角 盈男さん(背番号11)も赤いレオーネを、ワゴンだったかセダンだったかは忘れましたが乗っていたようですよ。
というのも、たまたま両親といっしょに足柄にある大雄山にお参りに行ったとき、ボクが野球帽をかぶっているのを見た職員の人が「今日は巨人の角さんもいらしてます」と言ったのかな?伝えてくれて、実際に会ってサインをもらうことが出来たのですが、彼のとなりにはそのレオーネが停まっていたのです。
そのあと、他の参拝客に気づかれてサイン攻めに合い、本人は困惑してましたから、声を掛けちゃまずかったかな?と少し後悔しましたけど(笑)
ところでその型のレオーネ、ボクはラジコンでスバルブラットを持っていたことがありましたよ。380モーターでデフは無くて直結!!540モーターに変えて楽しんでましたよ。

久々にレオーネの話、ありがとうございます。
レオーネ4WDターボATが発売された時、まだ中学生でした。
新宿の営業所で、初めて乗せてもらったターボ車。免許はないので、親の運転で後席に乗せてもらうだけでしたが、新宿の高層ビルの間を何周かしてもらい、とても速いなぁ、と感じたのを今でも覚えています。
最終型は、ドアミラー+油圧ハイトコントロール付きでしたね。
まだ原始的でガス欠させると再始動できなくなりました。


子供の頃、憧れの人でした。
4WDRXのカタログにも登場していたような...。カートピアに連載もあったりしました。当時は、今のようにインターネットで何でも検索できる時代ではないので、毎月届くカートピアが情報源でした。
カートピアといえば、高校生の頃、社長様のレオーネRX-Ⅱサーキット走行レポートを見た記憶があります。違っていたらスミマセン。

カートピアのRX-Ⅱの記事、もし資料が残っておりましたら是非ともこちらでご紹介頂けませんでしょうか。お願い致します。
あの頃スバルは舗装路でも直結4駆で走る事を推奨していませんでしたっけ?4WDRXのカタログにあった連続写真はタイトコーナーブレーキングを利用したねじ伏せる様なドリフトではなかったでしょうか。
宣伝課の方はもちろん私も憧れる人でした。ABのレオーネでサファリにて日本人最上位、AAのレオーネでは総合優勝するのではと期待をした記憶があります。
そう言えば、昨年の販売店表彰の時、富士重工の同じ苗字の方に「あの人が送り込んだ人なの?」との社長の突っ込みにご本人さんだけがその存在を知らずと言う出来事がありましたよね。その出来事をも思い出しました(笑)

レオーネRXⅡは限られた持ち駒の中で、力を振り絞って作りましたね。新婚旅行に行く前にチラシ原稿を死に物狂いで作った記憶があります。