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フォレスターの直噴ターボで航空機メーカーのDNAを体感

最新の飛行機が夕日の中に佇んでいた。
12月9日、
セントレア空港で総合安全研修が開催された。

各社から自動ブレーキが続々と誕生し、
並み居るライバルと比較する機会を得た。

相変わらずスバルのプリクラッシュブレーキは凄かった。
研修が終わった時、
セントレアに沈む夕日が奇麗だった。
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スバルは研修の名を「SUBARU DNA・総合安全研修」とした。

偶然会場の脇にボーイング787が鎮座していた。

まるでDNA研修を見ているかのように。
言いようのない運命を感じた一日だった。

スバルのDNAは、
オブラートでくるまれた様な、
朧気な内容で紹介された。

なぜか。
それは勇猛に真実を語ろうとしなかった。

理由は簡単だ。
今のスバルブランドが砂上の楼閣に過ぎないからだ。

安易に着飾るだけのブランドでは、
脆くも崩れ落ちるだろう。

ある日突然、
岐阜から「高級フルーツ」が届いた。
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ステキなコーディネートの、
フルーツ盛り合わせだ。
これで6000円ほどするらしいので、
喰えば確かに美味い。

良く考えたら、
フルーツの盛り合わせなんて初めてもらった。
人生初の豪華な贈り物なので、
珍しさもあり色々と観察した。

直感的に思った。
これは送り手が価格に「安心感」を求めているだけだと。

なぜか。
この贈答品には凄味が無い。
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「高級フルーツ」というだけあり、
林檎は蜜の入り方も凄かった。
柑橘系もグッと口に残る美味しい甘さだ。
メロンもしっかり熟してから食べたが、
瑞々しくてステキだった。

高級フルーツというと、
すぐに千疋屋や資生堂パーラーを連想する。
これらの店で扱うフルーツは、
もうそれだけでブランド品だ。
果実の魅力と言うよりも、
ブランドの威力が大きい。

岐阜から届いた高級フルーツは、
見栄えも良く味も優れていた。

ただ食べてしまえばそれだけ。
「高級フルーツ」

このブランド化は、
並大抵の努力では無理だ。
いかにも脆く崩れやすい。
凄味が無い理由は、
高級フルーツ店の入れ物に入っているだけで、
「信念」が全く見えないからだ。

蜜の入った林檎からも、
甘いオレンジからも
強いメッセージが聞こえてこない。

高級フルーツ店は販売傾向を考え、
時期的に美味しい物を見栄え良く詰めただけだ。

そこを「DNA」研修に重ねた。
なぜ「オブラートに包んだ」ように感じたのか。

最近のスバルを見ると、
ラインナップのバランスが良くなった。
クルマも美しいし味も悪くない。
だが「凄味」を感じさせるクルマは出てこない。

DNA研修に質疑応答の時間は無く、
既に出来上がった当たり障りの無いストーリーを、
時間内に解り易く説明した。

実に流暢だったが、
本当にスバル自身がまとめた内容なのか。
とてもそうは思えない。
それには伏線がある。

とても些細なことではあるが、
ある公的な場所で捏造が発覚した。

最近のスバルは、
自らのルーツを名乗ることを厭わなくなった。

だが真実を深く理解していないため、
中島飛行機がなぜ創業したのかも、
説明が中途半端になりがちだ。

壇上の人間は、
どうしても「7」にスポットライトを当てたかった。
なぜか。

「7」を中心にしたシナリオが作られたからだ。
今年は新型車の無い商品の谷間だった。
だから「クロスオーバー7」の誕生を、
特に際立つように演出したかった。

ただそれだけのために「7」を引き合いに出したので、
歴史的事実の裏付けが取れなかった。

中島飛行機の創業は
「7名」の人間が集まったと壇上のストーリーテイラーは高らかに謳った。

「7」という数字が大きく投影され、
場は大きく盛り上がった。

それは真っ赤な嘘だ。

総勢は「9名」だ。

捏造は言い過ぎだと思う人は、
スバルを詳しく知らない者だ。
そのようなストーリーになったのは、
外部の人達に「ブランド構築」を丸投げしたからだろう。
その時と同じ匂いが、
DNA研修からプンプンと漂った。

スバルのルーツは1917年12月10日に、
群馬の太田で産声を上げた。
そもそも中島知久平は、
たった一人で研究所を興そうとしたが、
いくら優秀な軍人だったとは言え、
世間はそれほど甘くない。

わずか33歳でとんでもないベンチャーを考えた。
ただ彼が凄いのは、
ホリエモンや物言う株主のように、
自分のことしか考えない金の亡者では無かった。

何事にも根回しが必要な日本の社会で、
根回しが嫌いな人間の心は良く解る。

中島知久平もそのような青年だったのだろう。

勝手に辞めると言っても、
海軍はそう簡単に認めない。

するとやりたい放題の知久平は、
仮病を使って引きこもった。

今もありそうな「せこい」やり方だが、
背後でそそのかすパトロンが居た。

後に枝分かれし、
川西へと繋がる相手だった。

黎明期とは面白い。

仮病で登庁拒否して、
着々と根回しすると、
遂に海軍を退役する事が認められた。

すると知久平は、
しこたま書き溜めておいた「宣言」を、
知り合いへ一斉に郵送した。
こうしていざ宣言すると、
けろりと復活し、
太田町の所有していた洒落た館を手に入れた。

パトロンが居るとこういう時に凄い。
このような知久平の才能を、
「一引き弐運三力」というのだろう。
かの松下幸之助が、
社会教育家の田中真澄から拝受した名言だ。

座右の銘として大切にしている

その洒落た洋館に、
一切の荷物を移動した。
その日が1917年12月10日で、
その時の総勢が9名だった。

これが事実だ。

その辺りを知らない者は、
適当に飾り立て、
岐阜の高級フルーツ店と変わらないブランド構築を、
スバルに進めさせているのだろう。

美しく飾られて、
価格相応に美味しいが凄味までは感じない。
最近のスバルはCMでも同じ手法を使う。
実に客観性に富んでいる。
それは当然で、
作る人達はスバルの社員では無い。
評判が良いのは喜ばしいが、
「なぜこれが存在するのか」というような、
強烈なメッセージは出せない。

あんな当たり前のCMに辟易している。
オブラートで苦みや辛さやすっぱさを、
全て朧気に覆い隠す。

DNA研修は「戦闘能力最優先」の事実を、
「総合安全性能」にこじつけた。

砂上の楼閣という意味が解っただろうか。
ブランド構築を自らの手では無く、
他の誰かに委ねていると、
今は甘くて美味しい商品が揃っているが、
その先はそう長くは続かない。

これはその証拠だ。
ポルシェがいよいよ4気筒エンジンに降りてくる。
ポルシェは言わずと知れた世界最高級のスポーツカーブランドだが、
過去に水平対向では無く、
直列4気筒エンジンを選択し、
手痛い思いをした事がある。
恐らく水平対向4気筒に掛けた情熱は、
並大抵では無いだろう。

BRZ登場時、
イギリスのある自動車専門誌がポルシェと比較をしたらしい。

その高評価にスポーツカー専門メーカーとして、
ポルシェがいきり立ったという。
嘘か誠か俄には信じられなかった。

DNA研修と同じ日、
ポルシェから発進された驚くべきニュースは、
発動機の優位性が如何に重要かをハッキリと示した。

12月9日に発表された内容は、
次のボクスターとケイマンに、
「718」のコードネームを与え、
新型水平対向4気筒ターボエンジンを搭載すると言うことだ。

718とは何か。
過去ポルシェ博物館に何度か訪れた。

そこにはポルシェ伝説のスポーツカー「550」が飾られている。
話はまずそこに遡る。
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この550スパイダーは1954年に作られ、
1.5リットルで110馬力を発生し、
時速220kmまで出すことが出来た。
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さらにパワーアップを続け、
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二年後には「A」がデビューした。
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エンジン出力は25馬力引き上げられ、
最高速度は20km/hアップし240km/hになった。
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これら伝説のポルシェ550スパイダーの後を引き継ぐ形で、
718が誕生した。

718は数々のレースで栄冠を手にした。
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718も水平対向4気筒エンジンを搭載し、
モダンな外観を纏った。
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550に比べ遙かに近代的で、
最終的に水平対向8気筒エンジンが搭載され、
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ヨーロッパの様々なレースを席捲した。

次期ボクスターとケイマンには、
水平対向4気筒エンジンが与えられ、
この伝統の名を堂々と名乗る。

スバルは「のうのう」とスキを作った。
3年もの猶予を与えられたのに、
彼等に対向出来るパワーユニットも、
トランスミッションも全く手つかずだ。

例えばスーパーGTだ。
この祭りは現実の自動車開発に全く役立たない。

マグロ解体ショーが良い例だ。
一流の腕を磨くための場では無く、
客を喜ばせるエンターテイメントのために存在する。

マグロの解体ショーを喜ぶようでは、
この先SUBARUは危なくなる。

ホンモノの性能を磨かずに、
役に立たない競いの場に出たところで、
STIの商品が強くなるはずが無い。

スバルのDNAを紐解くと、
その神髄は「戦闘力」だ。

その源流は、
ポルシェが尻尾を巻いて逃げ出す程「凄い!」のだ。

所詮フェルデナンドポルシェはヒトラーの秘蔵っ子。
優れた設計者であり、
発想も素晴らしいモノがあったけれど、
創業当時は単なるスポーツカーの請負業者に過ぎなかった。

彼等自身の手による、
彼等自身のスポーツカ-が世に出る迄に9年を要した。
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1939年に、
タイプ64がデビューした。
排気量1131cc、
最高出力33馬力、
最高速度140km/hだった。

けれど戦後のブランド戦略は凄かった。
それが効を奏し確固たる地位を築いた。
初代より二代目のフェリーポルシェが果たした功績が大きい。
単なるデザイン事務所を大きく発展させ、
スポーツカー「ポルシェ356」を世に産み出した。
更に三代目が「911」を盤石にした。

ポルシェ社の創立は昭和5年(1930)に遡る。
その時間軸でスバルのルーツ「中島飛行機」を比較したい。

ポルシェ社創立の一年前、
昭和4年12月、
中島飛行機は自主開発の発動機設計に着手し、
翌年昭和5年6月に、
国産第一号の450馬力「戦闘機用発動機」を完成させた。

それが空冷星形9気筒の「寿(ことぶき)」だ。
その後、中島飛行機は戦闘機用発動機の優れた開発メーカーとして発展し、
「戦闘機王国中島」の名を世界に轟かせた。
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今年で最後の「世界の名機カレンダー」は、
幕を閉じるに相応しい表紙だ。
スバルの用意するカレンダーを無視し、
これを使い続けたが改めて見ると感無量だ。
なぜなら表紙に「SUBARU」と記され、
無愛想な「富士重工業株式会社」の文字は隠れた。

これは竹中恭二元社長の功績だ。
「スバルブランド」を統一し、
このカレンダーから「富士重工」の文字が消えた。

竹中さんは「マルフ」と略称される「富士重工ブランド」と、
自動車部門として存在する「スバルブランド」を一体化させた。

富士重工には昔から官僚的な体質がある。
一つは「重工業」に固執する過大なプライドだ。
天下り先をしっかり確保し、
子会社蔑視の傾向も多々ある。
これが昔から現在までつながる、
富士重工の体質と言って良い。

そのような体質では、
「スバルブランド」が醸成することなどあり得なかったが、
竹中さんが社長を務めた頃は、
戦闘力を大きく伸ばそうとした。
彼は飛行機好きで、
自動車設計者としてスバルを愛した。
周囲をあっと驚かせるような速さで社長に就任し、
若くなければ出来ない改革を次々に進めた。
その結果スバルの性能は短期間で一気に高まった。

新型等長等爆エンジン、

100kgもの軽量化、

レベルの違う軽自動車開発、

優れた6気筒エンジンの開発、

ボクサーディーゼルエンジンの開発、

と見事な成果を立て続けに残した。

更に航空機技術にも「スバル」を連想させる、
「六連星」を纏わせた。

FABOTは、
軽飛行機を自動操縦で完全に着陸させる優れた技術だ。

この実験機にはスバルのシンボルが描かれた。
するとデザインにも統一性が生まれた。
続々と誕生する新世代のスバルには、
立派な翼のモチーフが与えられた。

デザインコンセプトを「造形言語」と呼び、
B11Sに始まる躍動的なデザインが次々に誕生した。

このような超ウルトラCを次々とやってのけ、
遂にブランドまで見事に統一し、
「マルフ」と言う隠語は消滅した。

それ以来スバルの戦士は、
胸に燻し銀に輝く「六連星」の社章を身に付けた。

富士重工という名前こそ消えなかったが、
「FHI」と総称に見直した。
これで古い体質を断ち切った・・・・・、
かに見えたが、
現実は甘くなかった。

造形言語が浸透する前に、
竹中さんは社長の座を降りてしまった。

様々な社会的事象が、
不安定な経営状態を産み出した。

最も大きかった影響はGMの破綻で、
大きく飛翔しかけた「ブランド」は、
一気に途絶えてしまう。

なぜか。
次の森社長が、
「走りを求めるのは待て」と開発に釘を刺した。

しかし「逆も又真なり」だった。
アメリカに活路を求めた結果、
徐々に業績を向上させ、
今では過去最高の生産台数を更新し続けてる。

土壇場まで追い込まれ、
ようやく秘密兵器の存在に気付き、
ぶっ放したEyeSightが炸裂した。
これが世界中の自動車メーカーを混乱におとしめた。

思ってもみない効果が出て、
スバルそのものが慌てふためいた。

想像を超える業績と、
思ってもみなかった株価の上昇に困惑した。

当然ブランド価値は高まるが、
ブランドそのものが解らない社員ばかりになっていた。
だから外部にブランド構築を丸投げしたのかもしれない。

何年も前から指摘するように、
優れたマーケティングは、
優れたクルマの誕生に繋がらない。

そしてマーケティングやブランド構築を外部に依存すると、
企業独自の味はどんどん薄れていく。
これまでのマーケティングで掴んだ成功を、
全て否定するわけでは無いが、
DNAを語る内容は少しお粗末だろう。

「戦闘力」を知る者がほとんど無く、
自らの持つ体質も意識出来ない。

「安心と愉しさ」を標榜するために、
「DNAと総合安全性能」を組み合わせるだけでは、
砂上の楼閣と揶揄せざるを得ない。

女性の力が強くなった日本で、
一番刺さるキーワードは「燃費」だ。
一番解り易いからだ。
「燃費」だけに限ると、
業界トップを走っていない。

今さらスバルのDNAを、
「戦闘力」だの「動力性能」だの「走破力」などで表現しても、
今の日本で刺さらない。

それよりシロートにも解り易い、
「安全なクルマ」をアピール方が得策だ。

その結果「総合安全性能」などという、
実に分かり難い当たり前のことを持ち出した。

他に「刺す」方法が無いからだ。

「安全と愉しさ」というオブラートに包んだ解釈は、
スバルのDNAを知る者には「もどかしい」。

誰かに作られたストーリーで、
誰かに敷かれたレールを走る。
それが今の「ブランド構築」だ。

スバルブランドの原点は、
自主開発だ。
それは戦闘力を高めるために他ならない。
戦闘力を高めるためにまず「動力性能」を最優先する。
次に軽量化だ。
動力性能が劣れば軽量化で埋められる。
軽量化すると運動能力が高まり、
燃料消費率も改善され航続距離が伸び、
更に戦闘力が増す。

乗員を危険に晒すことから回避する事や、
極限の乗り物を操作しやすい状態にするのは、
「当たり前の事」だ。

スバルのDNA。
それはそれをことさら自慢せず、
当たり前にやる所に存在する。
使ってハッキリとした差が出れば良い。
だからスバルは創業当時からやり続けてきた。

それがDNAなのだ。
解るかなぁ。

もし、
「スバルは卓越した性能を誇るブランドとしてNo.1を目指します」
とスバル宣言をしたなら、
「これはスバルのDNAが産み出したに違いない」
と認めただろう。

ところが「走りを極める開発」を止め、
DNAと逆向きに走り出した。
その挙げ句に引っ張り出したフレーズが、
「総合安全性能」では先が思いやられる。

まずこの「総合安全性能」という難しい言葉を説明しよう。
まず厄介な「0次安全」があり、
「1次」、
「2次」、
「3次」、
と4つに分類される。

「0次」は予知予防としての安全を指す。
具体的には視界の良さや操作し易いことだ。
ドイツでM4からアウトバックに乗り換えた瞬間に感じた事
といえば解るだろう。

次に「1次」は危険回避能力だ。
アイサイトがまさにそのものだし、
それ以前に4WDをスタンダード化した。
4WDにABSを組合せ、
現在はVDCがその象徴になった。

「2次」は衝突の瞬間の安全確保だ。
SRSや安全ボディがそれを満たす。
米国で全車トップセイフティピックに認定された。

「3次」は救急や拡大回避など衝突後の安全確保を示すので、
衝突したクルマとは関わらない領域だ。
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これは世界最優秀戦闘機として名を馳せた、
四式戦闘機「疾風」(コードネーム:キ84)だ。
日本軍最速の戦闘機で時速700㎞近い速度を出せた。

オブラートで包んだりせずハッキリ言おう。
これは殺人兵器だ。

しかし裏を返すと国民を敵から守る重要な武器でもあった。

中島飛行機にとって、
表紙を飾る「疾風」は、
「零戦」や「隼」より意味がある。
大正14年の創設以来、
航空機用発動機開発は中島の最も誇りある仕事だった。
機体は勿論、
「寿」から「栄」、そして「誉」という優れた航空機エンジンを作った。
その集大成とも言える「誉」を搭載した戦闘機が「疾風」だ。

実戦配備だけに留まらず、
研究も旺盛だった。
2列星形18気筒で2500馬力をめざした「ハ117」や、
4列星形36気筒で5000馬力を目指した「ハ54-01」、
また、
倒立空冷V型、
そして倒立W型発動機の研究開発も進めた。
ちなみになぜV型は倒立になるのか。
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メルセデスベンツ博物館には、
航空機用発動機も沢山展示されている。

流石に陸海空を制覇したダイムラーだけあり、
中島飛行機を上回る歴史を歩む。

プロペラを駆動するため、
V型やW型が倒立になるメカニズムが良く解る。

星形の方がコンパクトに思えるが、
どうしても空力面で不利になる。
V型は長いが前面投影面積が少ないので、
速度アップに効果的だ。

メルセデスベンツのブランドは、
強固たるものだ。
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ダイムラーの博物館は見応えがある。
だが戦闘機の発動機では決して引けを取らず、
彼等を上回る物も作った。

なぜスバルのビジターセンターに、
「誉」を置かないのか。
中島飛行機はターボジェットの「ネ-10」、
それに「ネー230」の開発にも心血を注いだ。
それが戦後初の国産ジェットエンジンの完成に結びつき、
昭和32年12月、
国産ジェット機「T-1」の完成で実を結んだ。

中島が発動機製造に乗り出した大正14年は、
西暦1925年に当たる。
その年はイタリアでムッソリーニが独裁宣言し、
ナチスドイツも再建される。

世界中が焦臭くなっていく頃だった。

そもそも中島知久平は、
なぜ恵まれた軍人の座を捨てたのか。

彼は大正3年に国の命令でフランスに出張した。
焦臭くなっていく欧州列強の様子を目の辺りにして、
もし国家間の信頼関係が破綻した時、
なにが起こるかを悟った。

そして日本の国策を大艦巨砲主義から、
航空兵力の増強へと舵取りを進言した。

機が熟すと彼はスッパリと軍を退役し、
飛行機の開発と生産に専念することとなる。

壮大なベンチャー精神だ。
彼の凄いところは、
今のベンチャーのように私利私欲では無く、
日本国民の将来を危惧しての決断だった。

戦争は嫌いだ。
起きて欲しくは無い。
いや、
戦争を二度と起こしてはならぬ。

だが、
丸腰で欧州から搾取を繰り返されたアフリカ大陸が、
現在どのような状態にあるのかを見れば、
国防の重要さは痛いほど解る。

中島飛行機が戦闘機の発動機に特化した理由は、
第一に利益を求めたからでは無い。

戦闘機用発動機は急激な加速や減速、
空中での急降下や宙返りなど苛酷条件下で優れた性能を要求される。

中島のDNAには、
おおいなる「チャレンジ精神」も含まれる。
他の追随を許さない技術力を自主開発したが、
その優位性の裏にあるのは、
若い優秀な技術者の活躍だった。

そして当時から「PGM」が存在した。
全てを知り尽くしたエンジニアがプロジェクトチームをリードした。
これもスバルの「DNA]だ。

また補器に至るまで、
全ての構成部品に大して改良を怠らず、
常に業界のリーダーを自負した。
だから今でもスバル車の構成部品には、
一つ一つ細かく刻印が入る。
これもスバルの「DNA」だ。
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平和な時代になり、
スバルは旅客機の生産を担う。
DNA研修が開かれたセントレア空港には、
ボーイング787が鎮座していた。
この機体の中央翼は富士重工で作られている。
中央翼とは何か。
飛行機の翼は、
胴体の左右に差し込まれているわけでは無い。
翼の上で見ていると気流が乱れた時、
主翼は激しく上下に揺れる。
外れないかと心配になるが、
決して外れない。
なぜなら左右の主翼は、
胴体の下部にある中央翼で繋がっている。

前後の曲げ荷重も中央翼で支える。
主脚を納める大きな開口部も近く、
強度的に重要な役割を果たす。

787は炭素繊維強化プラスチックで出来ていて、
その中でも重要な部分を任されている。
軍需で得た技術を民生転用する。

戦争を美化するつもりは無い。
だが不幸な過去の時代に、
命がけで守ろうとした人々を忘れてはいけない。
そして仕事を通じて何を成し得たのか。
そこをオブラートに包んではいけない。

小綺麗なスバルブランドから凄味は感じない。

凄味の無いブランドでは、
人任せに箱詰めされた高級フルーツのように、
脆弱で長く続く事は無いだろう。

本当のDNAを覆い隠さず、
「群馬の田舎者が国を憂いながら戦闘機を造り続けた!」と胸を張ろう。
殺人兵器を作ったのは事実だ。
きれい事だけでブランドを構築するのを止めよう。

綺麗事を言わない奴らが来た。
彼等の目的にスバルは無かった。
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ところが本国から、
「青い稲妻を捕捉せよ」と密命が下った。
彼等はドイツで取材し、
そのまま日本に来た。
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彼等は「戦闘力のある大衆車」を望んだ。

インプレッサは世界制覇をもくろみ、
戦闘能力を最優先に考えた大衆車だ。

こんなクルマはもう簡単に作れないから
ジェームス メイが来たのかもしれない。

別れ際にメッセージを頼むと、
ディレクターのトムはダメだ言った。

特定のメーカーを賞讃したくないからだ。

そうじゃ無くて、
準備した中津スバルのスタッフに一言欲しいと頼んだ。
快く引き受けてくれた。
とてもチャーミングな男だった。

改めてトムとジェームスに感謝したい。
予想以上にWRXが活躍し、
大変なドル箱になったので二代目の開発が始まったが、
もしWRCで連戦連勝を重ねなければ、
インプレッサは初代で役目を終えるはずだった。
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本来ならばこのフォレスターが後釜に納まるはずだった。
フォレスターは生まれた時から、
余すところなくスバルのDNAを注ぎ込まれた。
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だからフォレスターから「戦闘力」が滲み出る。
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こうして四代目になり、
すっかり大人びたが、
ターボに乗ると忘れていた戦闘力を思い出す。

初代のフォレスターは世界最速記録を纏ってデビューした。
既に居たライバルを蹴落とすために、
当時のPGMは平気で「戦闘力」を口にした。

そして3度フルモデルチェンジを重ねた。
臺さんの作った四代目は、
特に素晴らしい。
スバルの中に、
まるで「フォレスターブランド」を築くのでは無いかと思うほど、
素晴らしく出来が良い。

今度のマイナーチェンジ後、
まず始めに自然吸気モデルを試した。
それも素晴らしかったが、
XTに乗ると目から鱗が落ちた。

販売傾向も性能に比例したのか、
ターボ車の受注が多い。

マイナーチェンジ後の第一号車もXTだった。
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可児市の吉田さんに、
ようやくXTを渡した。
きっとドライブが楽しいに違いない。
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凄味のあるお土産を頂戴した。
「いっこうこ」は硬いお菓だ。
社員が喜んだ。
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これを舐めて掛かると歯が折れる。
このように囓ってはいけない。
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必ず注意書きを読んでほしい。
危ないところだった。
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フォレスターで一番好きなところは、
堂々として余裕を感じるスタイルだ。
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そして使い易い荷台も良い。
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単に大きいだけでは無く、
積み降ろしの位置が腰に負担を掛けない。
だからXVやOBKより使い易い。
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サブトランクも細かいところまで工夫され、
とても便利になった。
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ターボ車に似合うSTIの空力パーツは、
実際に効果を出して高速安定性に貢献している。

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やはり乗り比べるとターボの優秀性は高い。
XTが他のフォレスターより進歩の度合いが桁外れに大きいからだ。

ヘッドライトは最下限モデルを除き、
かなり大きく変わった。
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旧型車もいち早くLEDを仕込んだ矩形のアイラインで、
他より遙かに美しい。
でも新旧を見比べると差がハッキリする。
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矩形のアイデンティティはそのままだが、
性能にはかなりの開きがある。


次に場内で点灯して、
どのように変わったか調べた。

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静かに消灯した状態から、

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まず電源を入れスモールランプを付けた。
最近の字光式ナンバーはクオリティが高い。
灯火器に凝るXTには良く似合う。

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フォグランプだけ付けた。
次に
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LEDアクセサリーライナーを点灯させた。
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全て点けるとかなりの迫力だ。
新装備のステアリング連動ヘッドライトは、
まずアイサイトの装備の一環として捉えられている。

1灯でハイビームとロービームを切り換える、
最新のバイファンクションプロジェクターを採用し、
明るいLEDランプの光軸をステアリング操作に合わせて滑らかに移動する。
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ヘッドライト以外を消して、
ライトだけ良く見た。
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この中に新装備のアダプティブドライビングビームがある。
これは動きを単に連動させるだけでは無い。
アイサイトのカメラで前方車両を捉え、
そのクルマが眩しさを感じる場所だけランプ内部のシェードで覆う。
遮光した場所以外は前方を明るく照らし、
夜間を安全に走れるようにサポートする。

ステアリングに連動するより、
シェードで遮光する機能が際立っていた。
とても面白い。
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ホイールのデザインが変わり、
ターボ車だと解り易くなった。
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エンジンの特性が変わったわけでは無いが、
ステアリングギヤボックスの設計が変わり、
走りの密度が濃くなった。
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初めて最新のフォレスターXTに乗った時、

「おやおや、これはS4より面白いじゃないか」と思った。

XTはS4のディメンションをそのままに、
全高を高くしダンピングストロークも豊かになっている。


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当然の如く乗り心地は良くなるが、
リヤサスの出来が悪いと、
「ユラリ」と不安定になる。
ここがフォレスターのただならぬところで、
そういう傾向が全く無い。

NAモデルでも感じた回頭性能の高さは、
ターボモデルでは更にハッキリ解る。

今回専用開発された14:0のギヤ比を持つステアリングギヤボックスは、
ターボエンジンを搭載するXTで効果を炸裂させた。

S207程では無いが、
XVに比べても輪を掛けて良くなった。

モーターアシストの精度が高いパワーステアリングギヤボックスだと、
ハンドル操作をする度に感じる。

サスの出来が悪いと、
ギヤ比をクイックにするとナーバスになるが、
リヤサス周辺の剛性を高め、
スムーズにストロークするよう改善した結果、
クルマの総合的な運動性能が大幅に高くなった。

総合安全性能も良くなっているが、
運動性能の向上はそれを更に上回っている。
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最近はオートマチックのセレクタレバーに
質の高いブーツが付く。
ピアノブラックの質感も良い。
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シートは一部に人工皮革があしらわれ、
ファブリックの表皮がパシッとお尻を受け止める。
とても快適だ。
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XVとは一味違うオトナの雰囲気を感じるコーディネイトだ。
三つの素材を上手くアレンジしている。
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後席の余裕はSUV三兄弟の中で一番有るのでは無いだろうか。
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後席の左右にもシートヒーターが装着された。
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このクルマにはダイヤトーンサウンドナビが仕込まれていた。
もしこれを装着し、
XTにサンルーフとレザーシートを付ければ、
国産車とは思えない500万円オーバーの車格になるだろう。
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三菱電機は殿様商売で売り込みが下手だ。
何しろ三菱関連企業に売るだけでも相当な収入が見込まれる。

だが今回のダイヤトーンナビには、
以前も伝えたように兜を脱いだ。
だから、
中津スバルでは一般市販仕様も積極的に展開する。
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そしてお正月のイベントで試乗車を揃える。

既にDMも準備し、
DIATONE SOUND.NAVI、
NR-MZ100及びNR-MZ100PREMIを紹介している。

これにDIATONEスピーカー(DS-G20及びDS-G500)を組み合わせ、
最適な音域を音質調整データを入力して作る。

その値は自動車メーカー毎に異なり、
また車種によっても全く違う。

その値を正確に設定するために、
様々なノウハウを必要とするのだ。

ところがフォレスターに搭載されたディーラーオプションのダイヤトーンナビは、
一般に市販されている物と全く違う。
スバル用の設定を事前に埋め込んであるからだ。
オプション設定のある車種別に、
音質調整作業、いわゆるデータ取りを三菱側で済ませている。
製品開発に携わった三菱電機のチューニストが、
細かいデータを既にインプットし、
誰でも簡単に最高の音場が作れるわけだ。
データを内蔵しているので
取り付け後の調整も全く不要なうえ、
MZ100PREMI相当の音質音域調整データを、
MZ100相当の価格で手に入れることが出来る。

この利点をぜひ2台揃えた試乗車で確認し、
気に入られたなら是非購入して欲しい。

初売りDMを発送する準備も整った。
ようやくかわら版も構成も終わった。

出来上がるまでに、
今回は本当に苦労したよ。
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元旦から中津スバルは全力で初売りを開催する。
是非フォレスターとダイヤトーンナビを実際に体感して欲しい。


おわり

by b-faction | 2015-12-23 17:10

毎日の活動やスバルについてご紹介します


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