冬の訪れが遅かった開田高原で、待ちに待ったS207をテストした。
早いものでもう半年になる。覚えているだろうか。STIから借りた広報車の性能を、「引っ張られるように曲がる」と表現した。
埼玉県から来訪された小山内は、
S207を待つ間、その動画を何度も何度も見たそうだ。
せっかく当選した愛機に乗るなら、正しい操縦方法を少しでも覚えたいと言われた。と言うわけで、3000kmを超えて絶好調の愛車で、DEのAプランを進めた。
このS207は、あの時の広報車と同じ状態になっていた。
コースを説明するためにステアリングを握ると、おろしたてのS207より、明らかにエンジンは軽く回る。
それに各部の馴染みが進み、ずいぶん軽快な印象に変わっていた。
とはいえまだ3000kmなので、あと7000kmぐらい走らないと、本性を現さないだろう。
おいしいお土産をありがとうございました。
ふたを開けると緑と桃色の包みがきれいに並んでいた。
セミアリニンレザーのような、舌触りのよいメロンケーキだった。
口に含んで、メロンクリームの甘さに痺れた。
まるでバランス取りしたEJ20のように甘美だ。
もう一つの包みにはゼリーが入っていた。
ぷるんぷるんのゼリーの中には、しっかりとホンモノの白桃が詰まっていた。
ダンプマチックのビルサスに通じる瑞々しさを感じた。
助手席で小山内さんにレクチャーしながら、改めてS207の曲がる力に感動した。
そして現在の若い人たちに、ステアリングを「押して回す」ことを、もっと丁寧にアドバイスする必要があると感じた。
VABは唯一パワステシステムに油圧を用いている。最新型の油圧パワステは、車速信号が入らないとアシストをかけない。
なのでステアリングの据え切りを繰り返すと、全くパワーアシストが無くなる。
こういう状態でロックツーロックを繰り返すと、良い練習になる。
またロックする位置は普通のSTIとかなり違うので、11:1という強烈なステアリングギヤ比の持つ意味も分かり易い。
昔のクルマにはパワステが無かったので、ロックツーロックを繰り返して練習し腕力を鍛えた。
特に初代のレオーネはステアリングにかなりの力を必要とした。
次のAB型レオーネになると、デビュー迄に開発が間に合ず、
途中からパワステが追加された。
ハンドルが重いという悪評を克服するため、ゼロスクラブジオメトリーを採用した。
キングピン軸をタイや接地面の左右中心に置く、新型レガシィ専用のサスペンションジオメトリーだ。
がんばって開発したが、操舵力が軽いと言うことは、セルフアライニングトルクも弱いため、ステアリングの戻りが悪かった。
だが高速の直進安定性に優れていたので、サファリラリーの思わぬ活躍に沸いた。
オプションでパワステが追加され、念願のターボエンジンを手に入れた。
そして三代目のレオーネが誕生し、ワゴンが人気車種に育った。
パワーアップして国内ラリーでも速くなったが、徐々に過渡期のクルマであることが鮮明になる。
特にシャシーの古さが問題だった。パワステを装備しタイヤも14インチと大きくなり、ターボチャージャー付きが当たり前で、ボディに対する入力がどんどん大きくなった。
このアルシオーネはその過渡期の極めつけだ。このあとレガシィが誕生するまで、スポーツシーンには向かなかったが、空力性能が良いので最高速度を出すのに好都合だった。サスペンション開発が大きな課題になった時代でもある。
この個体は珍しいマニュアルミッションを搭載した、セレクティブ4WDだ。
独特のエアサスを持ち乗り心地良く、まっすぐ走るが素直に曲がらない。
オーストラリアでラリーに参戦したが、フロントオーバーハングが長すぎて使い物にならなかった。
エンジンやサスの進歩に対して、ボディが古すぎた。
すでに剛性の限界に達していたのだろう。ミッションも過渡期だったが、だが基本を変えずに今日まで続いている。元の設計が優れているからだ。
ボディも全く同じだ。
元の設計が優れていると、それが進歩すればするほど良くなる。
積み重ねた改善が、SABに逆さ吊りされたホワイトボディに現れている。
これはスバル1000から続く第一世代のボディーワークだ。
1000からFF1と1300Gに繋がり、三世代のレオーネを経てアルシオーネまで続いた。モデルチェンジの度に研ぎ澄まされていったが、
もうこのあたりで限界になっていた。
ストラットタワーからバルクヘッドの部分を拡大する。恐らくこれを作っていた頃には、第二世代のボディが出来上がりつつあった。
白い矢印の部分に入力のしわ寄せが生じている。ストラットタワーにも補剛した様子が分かるし、インナーフェンダーからバルクヘッドに繫がる所には鉄板が3枚重なる。
このボディをつぶさに見ると、フロントとサイドの接合部分が、なぜ重要なのか分かり易い。次の画像は左側のストラットタワーとフロントピラーの関係だ。
黄色い矢印はフロントストラクチャーから、サイドストラクチャーに繫がる部分で、前からボックス上に伸びている部分が、フロントピラーの面に接合されている。
この作り方だと、面と面の繋がりになるので剛性を高めることが難しい。
いくら優れたサスペンションを作っても、ボディが動くので真価を発揮できない。
あっという間に6年たった。2010年の7月に、アルシオーネの開発を担当された高橋さんと会う機会があった。
「高橋さん、サスキソをご存知ですか」た質問したら、
「そんなものは知らないな」とおっしゃった。
その時代からあるものだと思っていたが、実はそうでは無かった。
頭に引っかかっていた事が、あるきっかけで一気に紐解けた。
式典でフェロールームの並木専務にお目にかかった。スバルの若い開発者は、彼の実態を知らないかもしれない。
なので一言添えておくが、彼を絶対に舐めてはいけない。
下手な自動車評論家よりスバルについて見識が深い。
彼の顔を見てふっと頭に浮かんだのが、先日預かった佐藤さんのレガシィRSだ。
ボクサーサウンド3号にSシリーズのルーツが載っている。
当時はこの冊子を売る根性があった。裏には誇らしげに定価が入っている。
最近スバルから紙ベースの冊子が少なくなった。昔はこのボクサーサウンドを舐めるように読んだものだ。
バランスドエンジンがスバルから現れたのは、この時が初めてだった。だがスバルはそれ以前、チームスバルに対して陰で同じような事をしていた。でもSTIという会社が生まれたので、それを誇らしげにPRできるようになった。
RAのエンジンは凄かった。エンジンヘッドのポートまで研磨されているし、鍛造ピストンや、ケルメット材のメタルなど、マニアックさでは「Sシリーズ」でもおぼつかない。
当時ボクサーサウンドを手がけていたのは、現在の並木専務と、今では芸文社で活躍されている高山さんだ。
それで、何が頭の中で繫がったのかというと、RS typeRAのステアリング特性だ。
杉本がリフレッシュを終えた時、「ステアリングが変です」と報告してきた。
それで仕上がったクルマをテストして、何が違うのか杉本に教えた。
パワーステアリングの無いクルマを知らない世代だから、当然バリアブルギヤレシオなど知るはずが無い。
LEGACY RS「typeRA」には禁じ手がたくさん使われている。
その中でもバリアブルレシオを採用したステアリングシステムは、その最右翼だろう。
というのも、切れば切るほどステアリングギヤ比が速くなる。そんなパワステは扱い方によって危険を招く。
中央付近の直進時は15なのに、最大転舵時は13と強烈にクイックだ。
そんなことを知らない杉本は、巻き込むように曲がるので恐怖すら感じたようだ。
ご存知のように44Bの走りを煮詰めたのは辰己さんだ。曲がらないと言われ続けたレオーネを、ダートラで何度も優勝させた。
そんな仙人のような人物が、革新的に新しくなったレガシィのシャシーを仕込んだので、感動するほど曲がるクルマになった。
しかしスバルには他の達人もいる。
それが渋谷真さんだ。初めてニュルブルクリンクを使って、クルマを本格的に鍛え始めたのは渋谷さんだろう。
そう思わせる理由は、SVXのシャシー開発を渋谷さんが担当したからだ。SVXの走り味はレガシィRSと根本的に違う。
そこでもう一つの謎が解けた。当社には3台の初代レガシィセダンが温存されている。その中にRSの初代と最終型がある。初代にはパワステのアシスト量を変えるスイッチがある。
このクルマも狂気を感じるほど曲がる。
ところが同じRSでも、こちらのクルマは全く性格が違う。
SVXの開発後に発売されたクルマは、初期のレガシィRSのような巻き込む動きは無い。インプレッサも含め自然に良く曲がるようになった。
初代レガシィのビッグマイナーチェンジ辺りで、サスペンション基礎特性計測装置を開発したはずだ。
その装置が誕生してから、スバルのサスペンションが大きく変わり始めた。この偉大な発明は、優れたエンジニアによってゼロから生み出された。
それ以降、スバルはシャシー開発に大きなアドバンテージを持つようになった。
BRZのリヤサス取り付け部の剛性をわずかに高めただけで、見違えるように変わるのも、スバルには「サスキソ」を自主開発できるほどの才能があるからだ。
このSGPの開発にサスキソが大活躍した。サスキソは動いているクルマのサスペンションやボディの状態を、つぶさに調べることができる装置だ。
動きが明確に見える化できるので、サスペンション開発が飛躍的に進んだ。
だからスバル車は、どのクルマも年度改良の度に性能が飛躍的に上がる。
最新のフォレスターもそうだった。昨年秋の年度改良で、製造工程から見直すような工夫を加えた。
だから劇的な変化を遂げている。
でも既存の製造設備までは変わらないので、性能向上には限界がつきものだ。
だが製造設備まで含めた何十年に一度の改良時に、それまでに蓄積した見知が炸裂する。
SGPの緑色に塗られた部分を見た瞬間に、この中に込められた技術が何なのか知りたくなった。
でもね、そんな事に興味を持つものはあまり居ない。
だからね、穴の開くほど見て質問して分かったんだ。スバルの中にさえ詳しく知る人は少ない。
それでね、作った人たちに直接聞いて、古いクルマの構造と照らし合わせてみたんだ。
この緑色の板金部品が、どんな鉄でできているのかさえ示されていない。だが明確に塗ると言うことは、かなりの意味を持つと言うことだ。オレンジの部分は590MPaのハイテン材だ。
SGPは通常の軟鋼と3種類の異なる硬さを持つハイテン材に、
ホットプレス加工材を組み合わせて成り立っている。
これは車両開発だけでは済まない大変な仕事だ。
なぜなら生産設備の大幅な変更をが必要だから、
それに伴う生産設備の開発から始めなければならない。
それほど重要なミッションなので、
車両そのものの先行開発の段階から、
すべての生産工程も見直されたはずだ。
緑色の部品でフロントの構造体と、
サイドの構造体を強固に繋げると、
サスペンションの付け根が動かない。
サイドフレームの剛性が上がれば、
防音と防振およびハーシュネスを高め、
クルマの総合性能が一気に高まる。
それを一言で表現するのが「動的質感」だ。
サスペンションの取り付け部にかかる荷重を、面方向でフロントピラーに効率良く伝える。
フロントピラーは構造上頑強なので、この緑色の鉄板には強度は必要ない。
この部品の有無で剛性が飛躍的に向上する。なので、この部品の成分や細かな仕様はトップシークレットだ。
エンジンベイと車体側面が頑強に繫がっているので、

路面から伝わる衝撃をボディ全体で受け止めやすくなる。
こうすることでタイヤの大径化も更にやり易くなるはずだ。

この作り方だと、
これまでの製造工程で、
ロボットがボディをつなぎ合わせる事が不可能だ。
サスペンション取り付け部の変形を抑制することは、自動車開発上の大きなテーマだ。
取り付け部が動かない方がサスは設計通り滑らかに動く。そうなればダンパーもきれいに働くので、性能を最大限に発揮できる。
それを目標に開発を進め、製造部門と開発部門がともに持てる力をすべて発揮し、遂に実現させた。
アメリカの工場でもトヨタの抜けたラインで同時にSGPを立ち上げる。このような機会を逃さないスバルは凄い。また、飯塚社長の率いる東和工業の底力も凄い。
こちらはフロントと中央床の接合に威力を発揮している。

中央部を前方と接合する部分も、
非常に重要な接合部品だ。
東和の開発したホットプレスも加えた事で、
SGPは曲げ剛性170%向上という凄いシャシーになった。
それだけで無く、
足元の空間確保にも役立ち、
結果的に衝突に対する強度と、
質感を高めるための剛性向上にまで繫がった。
足元の空間が広がったので、
新しいインプレッサはスタイリッシュな低い車体にもかかわらず、
室内高は全く犠牲になっていない。
このSGPの開発手法は、
S207に大きく寄与している。
STIの社長が平川さんになったから、
S207は誕生した。
如何に車体剛性を高めることが大切か熟知しているので、
このクルマの仕上がりは素晴らしい。
最高出力を高めることを実現させ、これまでで一番大きいサイズのタイヤも選択した。
タイヤサイズを大きくする開発には金がかかる。それを真っ向から取り組み実現させたのは、平川さんが社長になったからに他ならない。
S207は現在のSTIを象徴する集大成といえるクルマだ。
最高のボディ強度を持ち、最強のバランスドエンジンを搭載した。
バランス取りしたエンジンで無ければ、やはり「S」だといえない。
シートも同じだ。「S」には特別なSTIの手によるブランドものが必要だ。
インプレッサで始まるSGPは、WRXのフルモデルチェンジでも活かされるだろう。
しかし、それまではこのボディがスバル最強だ。
S207の変化を徐々にリポートする。お楽しみに。