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WRXとオーリンズ

このWRXを最初に見た時は、
こう考えていた。
「普通のボンネットに交換しよう」
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ところが気分がすっかり高揚した。

この年式はスチールボンネットになっているので、
わざわざ重くすることもない。

なのでこのまま乗ることにした。

見た目は派手だが、
とにかく面白いクルマだ。
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色々とためになる勉強をさせてもらった。

6速マニュアルミッションの入りも良く、
カチッとシフトワークが決まる。
手触りが良いんだ。
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前オーナーの扱いが良く、
オイル交換なども丁寧に続けられたのだろう。

各部に様々な工夫が凝らされ、
それがまた面白い。

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これを見ただけで、
瞬時に理由を理解出来る人は少ない。

このクルマにコンチのMC5を装着した。
ドイツ生まれのコンチネンタルは、
ヨーロッパで大きなシェを持つ。

新品のタイヤなので、
一皮剥けるまで馴らしが必要だ。

東京に着く頃には300㎞を超える。

高速道路を抑え気味に走った。
このタイヤの印象と、
オーリンズの評価は次の部で更に解き明かすとして、
この時点で思ったことを正直に書く。

オーリンズの心象は最悪だった。

一度80kmほど走らせた時は、
スタッドレスタイヤを履いていた。
タイヤに気を遣いながら走って、
ダンパーもリヤだけオーリンズが着いていた。

なぜかカーゴルームに、
フロントの車高調整式ダンパーと、
リヤのノーマルサスセットが積まれていた。

理由が分からないので、
検査を兼ねた長距離テストを実施した。

まず前後とも車高調整式のオーリンズに揃え、
最低地上高を標準より10ミリほど下げ、
減衰力を中間値にセットした。

積載されていたフロント側には、
何も問題は無く常用域では硬さを感じるけれど、
高速走行ではむしろ快適にさえ感じた。

問題なのはリヤだった。
中央自動車道には、
路面の荒れた所も多いし橋梁部に盛り上がりがある。

上り線の鶴川橋梁など、
高速で通過するとダンパーストロークの少ない車は、
少しジャンプするほど段差がある。

その上下動を吸収出来ず、
リヤサスが上下に踊る。

ドライバーの体にも感じるが、
それよりもリヤのオーバーハングは更に動くようだ。

フワットン フワットン
こんな動きにつれて、
積んだ荷物が浮き上がってドンと落ちる。

「これは減衰力の調整だけでは済まないな」と思い、
何処かで変更してみようかと考えた。

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しかし走行距離が200kmを超えた頃から、
余りそれが気にならなくなった。

タイヤも一皮剥けたので、
WRX本来の走りも思いっきり楽しんだ。
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それでも走り始めからの燃費は、
1リットルあたり10kmと悪くなかった。

本来なら順調に着けるはずが、
途中で何カ所か工事渋滞し、
挙げ句の果てに事故渋滞で時間のロスが大きくなった。
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葛西インターを出るまでこの調子だから、
目的地に計算通り到着出来なかった。
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交通事故渋滞もあり、
目的地に着いたのは、
予定を大幅に上回った午後6時過ぎだった。

ホテルの機械式パーキングに入れる頃には、
ダンパーの変化や減衰力の調整など、
コロッと忘れていた。

そしてホテルにチェックインし、
酒を飲んで寝てしまったので、
どんな走りに変ったのかも記憶の彼方に飛んだ。

翌朝、
ホテルから僅か数分の仕事場へ向かう時には、
さしたる変化を感じなかった。
ただ良いエンジンだなぁ・・・と思った。
回転バランスに優れ、
アクセルのツキが良い。

やけに軽々と回るようになった。
オイルをレ・プレイヤードゼロに替えた効果も大きかった。

仕事も上手くいき、
気分良く高速道路に乗った。

最初に乗った時と較べ、
明らかにエンジン音も良くなった。
環状瀬に向かって走ると、
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右手にスカイツリーが見えてくる。

このあたりから真価を見せ始めた。

300km以上走った新品のコンチネンタルと、
中古のオーリンズはとても親和性が高い。

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まず前方のような道路のつなぎ目で、
大きく感じる上下動が減った。

リヤの収まりが良くなった。
ダンパーが本来の働きに戻ったようだ。
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目前に迫ったようなコーナーで顕著になった。

それは感動するほどリニアな動きだ。

それは、
最近味わったことのない特別な感覚だった。

ステアリング操作に対して、
フロントノーズが「スッと気持ち良く入る」と例えると解るかな。

確かに硬いダンパーなので、
荒れた路面でゴトゴトするし、
音の侵入も標準車より大きい。

だがフラットな路面を飛ばすと、
例えようもない「しっとり」した感覚に包まれ、
思わず口元がほころぶ。

その辺で売っている、
ぱさついたバウムクーヘンを食べた後、
クラブハリエの商品を味わったようだ。
これは止められない。
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中毒になるとはこういう状態に陥ることだ。
オドメーターが73,000kmを超えた所で、
それ以上走るのを止めた。

適度にこなれたクルマを、
それに合致した装備で満たす。

中古車事業が止められないほど面白い理由は、
恐らくこの「エッセンス」にある。

まず何かピンポイントで突出した性能に磨く。
あくまでも全体のコンディションを、
リーガルに整えた上での話だ。

そして次にその能力を余すところなく引き出す。

それに欠かせないのがドライブスキルだ。

それらが全て合致した時、
真のエッセンスがクルマから漲る。

このクルマに乗ったら、
少し調べたい事が生まれた。

この苦みがあるのに、
何かしっとりした良い味は何か。

これは日本文化の味だろう。

スバルは日本文化そのもののだ。

国産に拘り、
ノックダウンを嫌った。

海外から学ぶ事を拒むのではなく、
良い点は学び、
時には盗んだ。

そのうちに独特の自動車を作り上げ、
独自の世界観を持つブランドに成長した。

以前「廃仏毀釈」の話を取り上げた。

徳川家の仏教から、
天皇家の神道に宗旨替えすることが、
忠誠心の表現だった。

中津川市にあった苗木藩は、
当時少ない石高であったが、
藩主は幕府の要職に就いた。

江戸時代が終わり、
明治時代になると苗木藩では徹底的な廃仏毀釈が始まった。

木曽川の向こうにある苗木県と、
こちら側では全く違う事態が繰り広げられた。

尾張藩領だった中津川宿では、
廃仏毀釈は起きていない。

今のスバルは好景気故に、
逆に動き辛くなっている。

異常なほど株価が上昇すると、
一つ間違ってもし株価を下げたら、
経営者は大きな責任を問われてしまう。

今の上昇機運はリーマンショックに端を成す。

廃仏毀釈並の改革を、
森郁夫前社長が推し進めた。

それは「走りの開発を封印」し、
顧客目線で求められるクルマを最優先で練ることだった。

それが良かった。
軽を捨て世界一安全なメーカーに成長した。

苗木には廃仏毀釈をしないと、
生きれないと感じた村民の中に、
「隠れ仏教徒」となる者が居た。

彼等は仏壇を全て破壊し、
表は神道を信じるように見せ、
蔵の中に仏壇を祀った。

海外に遙かにスケールの大きい、
廃仏毀釈がある。

アンコールワットに一度は訪れてみたい。

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さっそく本を探した。
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富士重工からSUBARUになって、
ますます「にがり」が消えていく。

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SUBARUの歴史を紐解くと、
社長人事に行き着く。

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主流派と非主流派が常に存在し、
プロパーの社長は長い間封印された。

初代社長が急逝し、
プロパーの社長が誕生した。

労働争議で社内が大混乱した結果、
電電公社の副総裁を社長として迎え入れ、
総指揮を執った。

電電公社と国策企業の日産は相性が良かったのだろう。
日産と業務提携し、
その後主流派と非主流派は定期的に入れ替わった。

興銀出身の社長が誕生すると、
次は大株主の日産から社長が就任した。

たすき掛け人事だ。

合併したわけでもないのに、
プロパーを差し置いて、
次は興銀系と社長がかたすき掛けで決まる。
それは面白い仕組みでは無かったが、
田島社長が居なければ今のスバルは存在しない。
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たすき掛けが終わったのは、
河合社長が企業体質を変えようと大改革を進めている最中に、
企業創始者の直系子孫を交えた汚職疑惑で失脚したからだ。
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この時に、
自分の腹心として日産自動車から招聘していた常務が会社を守った。

それが隠れた名社長、
田中毅さんだ。
彼の掲げた中期経営計画をTQF21という。

Tはトータル
Qはクオリティ
Fは富士を意味し、
21世紀を視野に入れて経営の質を高める活動に着手した。

世間をあっと言わせた、
GMとの提携も成立させた。
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彼はもっと具体的な決断も下している。
その内容が以下の二つだった。

それは世界的に通用する基幹車種の開発だ。
計画に無かったインプレッサのフルモデルチェンジを決断した。

もしこの決断がなければ、
今のスバルは存在しない。

もう一つはSTIの独自性を高めることだ。

当時もSTIの社員は天下りが多く、
その中にリタイヤ寸前の社員も含まれていた。

彼等の士気が決して高いと言えない状況を見て、
田中社長に直接手紙を書いた。

STIをもっと上質なブランドに育てて欲しいと、
正直な気持ちをしたためた。
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17年も経ったので時効にして公開させて欲しい。

田中さんは凄かった。
願いを徐々に叶えてくれた。

SUBARUの戦闘能力も高め、
新たなミッションを開発した。

それに合わせてSTIに特別な環境を与えた。

それが功を奏し、
中途半端なコンプリートカーでは無く、
完成度の高い凄いクルマが続々と生まれた。

動力性能も上昇し、
国際レベルで見ても遜色の無いクルマになった。

STIが独り立ち出来るよう、
上手く「tuned by STI」などを作らせた。

しかも驚くような離れ業まで繰り出した。

当時頭角を現していたが、
竹中さんはまだ社長候補と目されて居なかった。

有能な人物と見抜いたのだろう。
次の社長に竹中恭二さんが就任した。

凄いと思う理由は、
文化系ではなくバリバリの理科系を社長に抜擢したことだ。

文化系では駄目だと言うつもりはない。

巨大な株主に支配されていた頃、
富士重工はたすき掛け人事で、
かろうじて浄化作用も有していた。

バンカーの次に、
カーメーカーが指揮を執る。

それが理科系社長の必要性を認めたのだろう。

竹中時代には技術開発が旺盛だった。

森態勢になり技術開発は基幹性能から、
周辺技術へ移った。

かろうじて「隠れ仏教徒」達が、
様々な技術を温存しSGPに繫がった。

森態勢を引き継いだ吉永さんは、
彼自身の持つ類い希なオーラを発揮し、
SUBARUをここまで凄い会社に引き上げた。

勿論一人で経営出来るはずがなく、
周りを固める役員あってのことだろう。
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アンコールワットには廃仏毀釈の跡が痛いほど残っている。

一旦埋めてしまうと、
なかなか元通りには出来ない。

「笑顔を売る会社」と聞いて、
廃仏毀釈を連想した。

吉永さんは既に平成の名社長として名を残した。

次に求められる仕事は現在の中期計画が終わった時、
指揮を誰に執らせるかという決断だ。

田中毅さんを思い出して欲しい。

再び「理科系の社長」に指揮を執らせることだ。

それがSUBARUを未来永劫、
モノ作りの最前線で活躍させることに繫がる。

WRXに乗って気分が高揚し、
情報収集に力がこもった。

SUBARUグループ、
及び全てのスバリストに捧げるブログと受け取って欲しい。

終わり

by b-faction | 2017-06-09 17:52

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by b-faction