予想通りの展開になった。
昨日の午後STIに電話すると、
「信じられない事が起きてます。もう460台をこえたらしい」
まあそうだろうな。
「S208を出したばかりですよ」と言って驚いていた。
まあ、
そう言うに違いないと思っていた。
とういうのも、
凄いクルマだったのに売れ残った事があるからだ。
S203から連続して誕生した鷹の目のS204は、
僅かではあるが完売に至らなかった。
受注が伸びないので、
運良く手に入れた企業があった。
あのトヨタだ。
当時、
提携を模索していたトヨタ自動車は、
なんとS204を試験車として購入した。
世の中は皮肉なもので、
S204がもし即日完売したなら、
トヨタはスバルの実力にまだ気づいていなかったかもしれない。
S208も格好つけて抽選を「外注」したりするから、
かえってややこしい事になった。
本気で申込金を払う人間に、
優先販売するのが筋だろう。
崖っぷちのインプレッサを覚えているだろうか。
あの時、
何を言いたかったのか明らかにしよう。
このクルマはボロボロだった。
エンジンを掛けると耳慣れない音がした。
特徴的な回転異音だ。
ボールベアリングを使ったターボの軸から、
もう消耗しきったと思われる異音が出ていた。
このクルマは丸目デビューに際し、
並行して開発されたいわく付きのクルマだ。
実はこの開発を「生ぬるい」とバッサリ切った男がいる。
それが現在STIの社長を務める平川さんだ。
平川さんに初めてお目に掛かった時のことだ。
最初は彼が誰なのか解らなかったが、
名刺を交換し「衝突安全の平川」、
またの名を「鬼の平川」であると知った。
今月初めの出張先で、
バッサリ斬られたクルマに出会ってしまった。
その偶然を喜ぶべきか。
少し悩んだ。
日が暮れたので一人で居酒屋に行き、
あれこれ思案するうちに、
平川さんの顔が浮かんだ。
ゆっくり酒を飲みながら、
どうするかよく考えた。何としてもスペックCを連れ帰り、もう一度飼い慣らそうか。
言い換えれば、「あれ」にいくらの「価値を付けるか」という事だが。
冷静に考え、連れ帰るのを見合わせた。
平川さんの声が耳に蘇ったからだ。改めてその日を振り返ると、あまりにも役者が揃いすぎていた。
平川さんにお目に掛かったのも初めてだし、渋谷さんにも初めてお目に掛かった。
間に居るのは藤貫さんだ。スバルマガジンにSVXを寄贈した太っ腹な好人物だ。
時はBRZの開発が佳境に差し掛かっていた。
今思えば、当然スバルグローバルプラットフォームも、ほぼ基本が出来上がっていた頃だろう。
そうなると、納得がいく。
資料館にあったS202を指差し、
「歴代のSUBARUでこれほどすごいクルマは無かった」
そう褒めた瞬間、
平川さんは右手を上げ、
S202を指差しながら、
はっきり言った。
「こんなのはまだ全然努力が足りません」
バッサリと切り捨てた。
彼の言う「こんなの」は、
当然「初のスペックC」に行き着く。
S201で大失敗して、
STIは独自にコンプリートカーを作り辛い環境に陥った。
スバル本体が見て無いと、
幼稚な事をやるんじゃないか。
そんな中で丸目のGDBがスタイルの点で受け入れられなかった事と、
エンジン開発がシャシーに対して追いつかず、
崖っぷちに立った。
そんな時にSpec-Cを活かして、
強烈なエンジンを搭載したコンプリートカーが生まれた。
それが丸目GDBの象徴ともいえるS202だ。
だからその後に誕生する、
今に繋がる「S」シリーズとは全く異質のクルマで、
Sシリーズと言うより、
むしろRA-Rの元祖に当たる。
クルマから安全性や快適性を削ぎ落した、
カミソリのようなクルマなのだ。
「衝突安全の平川」から見たら、そぎ落として軽量化したものを、根本的な軽量化と認めていなかったのだろう。
ここは全くの憶測で、本人にその真意を聞いていないが、当たらずしも遠からずではなかろうか。
Spec-Cの「C」はコンペティションを指す。
GC8にも設定された「RA」を、更にストイックに練り上げた純粋な競技ベース車だ。
二代目WRXにも、デビュー当時から「STi type RA」が設定された。それに対してSpec-Cは90kgの軽量化を果たした。
その辺りが、「崖っぷちのインプレッサ」たる由縁だ。 だからSpec-Cは購入の対象になり得なかった。理由は、90kgを絞り出すために、ありとあらゆるものを削り取ったからだ。
特にエアコンを後付けできない事が致命的だった。
時にはGTとしても使うため、軽トラックならまだしも、高額なWRXでは購入の対象から外さざるを得ない。そんな時に、
まさに待っていたクルマが誕生した。
それがSTIコンプリートのS202だった。
だが平川さんの眼には、スペCのコンプリートという点で、お眼鏡にかなわなかったのだろう。
Spec-Cの開発要点は、
1.車体の薄板化、部品の廃止2.バンパービーム等の構造簡略化3.燃料タンク、ウオッシャータンクの容量変更4.競技ベース車に割り切った仕様簡素化
の4点に集約される。
1についてはメーカーで本腰を入れただけあり、14品目の車体構成部品が板厚変更もしくは廃止された。
その内容は、車体構成部品そのものを無くしてしまう「廃止」と、板厚変更に分けられる。
板厚変更とは薄くすることを意味し、強度と剛性を下げずに薄板化した。
廃止が11アイテムに上り、何とサブフレームまで省略する徹底ぶりだった。
板厚変更はルーフパネルを筆頭に6アイテムに上った。
こんな開発は、インプレッサの父だから出来た事だ。PGMが旗を振らないと絶対にできない。
車体構成部品以外にも手が加えられ、軽量化バンパービームが開発された。それにより3kgの軽量化と、標準者と比較し1.2倍の剛性向上という結果を導いた。
内装品も徹底的に見直された。
まずステアリングビームを肉厚低減し、ブラケットの簡略化で軽量化した。それは大胆にも、エアバッグのレス化で実現している。
シートもサポートワイヤーを小型化したり、内部の徹底的に簡略化した。
シートベルトのリトラクタも変更して、調整パーツを取除き、メーターからレブカウンターや外気温系も取り除いて、徹底的に軽さを極めた。
シャシー関係は、デフマウントシステムの軽量化、ステアリングホイールとコラムの構成部品を削減して軽量化、軽量鍛造アルミホイールの開発、燃料タンクをモータースポーツ用に新規開発し、サブチャンバー付燃料ポンプを採用した。
エンジン性能の強化も忘れていない。
専用開発は3つの点に絞られた。
1.最大トルクを高める2.ふけあがりレスポンスを改善する3.高回転域を更に引き上げる
そのために、まずカムプロフィールを変更した。そしてバルブスプリングを吟味して選び、バラつきが出ないように組み付けた。
こうして8000回転まで回るエンジンが生まれたのだ。
ターボにも手を加え、以前から特別なクルマに採用している、IHI製のRHF5HB型ターボチャージャーに様々な工夫を凝らし、インペラーシャフトの回転フリクションを大幅に低減する事に成功した。
その結果過給レスポンスがターボ単体で10%も向上した。
但し管理が悪いと消耗も激しかった。
冒頭の個体は、完全に音を上げる寸前の痛々しいクルマだった。
インテークマニホールドも専用品になり、排気系もマフラー容量を上げ、競技車にふさわしい耐熱性の向上も達成した。
シャシーはアンチノーズダイブを強化し、フロントをハイキャスター化して、旋回性能も向上させた。
クロスメンバーも変更して、パフォーマンスロッドが与えられた。
当然取り付け部の剛性向上も図られ、サブフレーム廃止を補っている。
リヤサスはアンチスクオートを強化され、アンダーステアを減らしトラクション確保に寄与している。
リヤスタビリンクを樹氏から金属に変え、ロール剛性を高め、あの名タイヤ「RE070」の誕生につながった。この時も車体を10mm下げて低重心化を図っている。
トランスミッションオイルクーラーを装備し、インタークーラーウオーターㇲプレィをトランクに移設した。
プロペラシャフトにも手を加え、衝突安全性能を引き上げるためにコラプス構造を追加した。
あの時代ならではの開発だ。今ではベースに対するSpec-C並みの軽量化はできない。
Spec-CはGDBを開発する途中で、安全性を大幅に引き上げる必要性から車重が重くなった。
エンジンもその時に力量のある開発者が存在せず、そのまま使わざるを得なかった。
そのままだと競技に支障が出る恐れが生じて、急遽並行して開発が始まったのだ。
だからGDB発表の僅か一年後に出すことが出来た。
それを知っているからだろう。平川さんはバッサリと切った。
軽量化の主要アイテムはボディの軽量化で、それだけで20~30kgを減らした。
GDBはグローバル展開する戦略車で、しかも全世界で一位を獲る野望を持って生まれた。そうなると全世界の衝突規制も余裕をもってクリアしなければならない。
そのコンセプトで開発したボディを、あえて切り崩し軽量化したから、Spec-Cは国内専用ボディと割り切られている。
従ってボディワークまで簡略化され、軽量化を図られた結果、冒頭のクルマの様に5万km少しの走行距離で、標準ボディと比べ物にならないほどガタガタになってしまった。
ところが、ボディだけでは数十キロしか達成できず、内張やエアコンや、競技に必要無いものはすべて外し、何とか百kg弱の軽量化を達成した。
平川さんは、Spec-Cは基幹部分のレスが全てなので、
そこに触れずに軽量化しないと意味がないと言いたかっただろう。
しかし逆もまた真であろう。
Spec-Cの技術開発で得たモノは、
その後の量産のベース車にも対応できる。
涙目や鷹の眼に受け継がれた。
結局、丸目の開発者はSTIの企画部長となり、歴代で最高の性能を誇る「特別な」RA-Rを誕生させた。車両重量は1.4トンを下回るので、
パワーウエイトレシオ4.343を誇る化け物だ。
名前が出自を物語る。
IMPREZA WRX STI specC TYPE RA-R
スバル史上最も長い名だが、
左から順番に出自が羅列されている。
まずインプレッサのWRXであり、
STIが競技用に開発した軽量ボディで、
ボールベアリングターボを持つハイパフォーマンスなクルマだ。
更にRA(レコード アテンプト)の名を持つ、
徹底的に研ぎ澄まされたクルマがベースにした。
それでは最後の「ーR」は何を意味するのか。
始めから300台限りと台数を決め、
乗り手を選ぶ究極のレージング仕様を作った。
レーシー、
あるいはラジカルの意味を込めている。
いわゆる、
「本気で作った魂のクルマ」だった。
このクルマにはバランスドエンジンは搭載されなかったけれど、
ボールベアリング付大型ターボチャージャーのタービンブレードを減らし、
それに応じたスポーツECUを組み合わせた。
シリアルナンバーこそ与えられなかったが、
6PODモノブロックキャリパーや、
BSと300台のために開発したタイヤ等、
Sシリーズを完成させた伊藤健の魂がこもっていた。
だから300台の限定車は、
あっという間に売り切れた。
新車価格は破格値の税別408万円だった。
昨今の自動車を取り巻く社会情勢や、製造ラインのひっ迫やブリッジ生産により、WRXに複数のボディを与えることは無理だ。
結局それは一部の車種だけを、ド外れた質量ダウンに持ち込むことの困難さを示す。
艤装ラインも無理が効かないはずだし、STIでやれることも限られてきた。
それでも、新生RA-RはspecCの冠を帯びない代わりに、「Sシリーズと同等」のバランスドエンジンを得る事が出来た。
Rにバランスドエンジンを採用したことで、基本的な性能は大幅にアップしている。
性能アップはそのまま重量アップに直結する。なので、それは軽量化を食い潰す事になるが、「鬼の平川」は10kgダウンを実現した。
これは彼の脳内で、ありとあらゆるものをプラスマイナスした結果だ。
これまでも「モドキ」はあったが、
GDBのRA-Rの後継と言える仕上がりでは無かった。
そう言うジレンマの中で、
吉永社長にSTIの存在意義を切実に語った事がある。
STIこそプレミアムブランドを目指すべきだと言う意見に、
彼は全面的に同意してくれた。
そして彼は、
「僕にできることは平川を社長にする事しかない」と言い切った。
その効果が着実に表れている。
「鬼の平川」は、
とにかく仕事の進め方がドラスティックだ。
その解の求め方が、
横で見ているとメチャクチャ面白い。
S208のスチールルーフは、
彼がほぼ道楽で作ったようなものだ。
Sシリーズの鮮度を下げないよう、
年内にデリバリーを終えると宣言し、
あっという間に売りさばいた。
本来ならSシリーズに仕様変更差は認められない。
だが社長の権限で本気で作り、
物凄く面白いクルマが出来た。
軽さではカーボンが上を行くが、
鉄は撓る特性を持つ。
なのでその特徴を活かし、
ルーフの固定点の違いを考慮した、
専用のサス設定を編み出した。
すると、
とんでもない面白いクルマになった。
それは、
初代RA-Rに対して548.000円高い。
しかし「S208」と全く同じ、
モーターの様に回るエンジンが載っている。
ベースのSTIより104万8000円高いが、
エンジンの違いなどを考えると決して高くない。
重量面の「やり切れて無い感」は、
ベースにするスペックCが無いので止むを得ない。
むしろSTI記念車として苦労した様子が色濃く滲む。
30周年記念限定のRA-Rは、
たかが10kgだがされど10kgの軽量化だ。
苦労のあとは数値化に現れた。
平川さんらしい見える化だ。
パワーウエイトレシオを小数点以下3桁まで書く執念を見た。
タイプRA-R 4.498(1480kg 329PS)
STIベース 4.837(1490kg 308PS)
S208 4.589(1510kg 329PS)
S207 4.603(1510kg 328PS)
軽量化の主要アイテムは、
BBS18インチアルミホイール採用
ドライカーボン製エアロドアミラーカバー
ウインドウウオッシャータンク小型化4L→2.5L
フロントスポーツシート&リヤシート(ファブリック)
ジュラコン製シフトノブ
少しショボいが価格が安いから我慢できる。
むしろ、
行き過ぎた「S208」よりも、
こういうクルマを待っていた。
ちなみにカーボンドアミラーカバーによる空力効果で、
フロントリフトを4%低減できる。
レスアイテムが凡庸だと笑ってはいけない。
ラインで外すだけでも大変だ。
ポップアップ式ヘッドライトウオッシャー
リヤワイパー&ウオッシャー
リヤフォグランプ
フロントフードインシュレーター
メルシート
大型フロア下アンダーカバー
ステンレス製サイドシルプレート
リヤシートセンターアームレスト
スペアタイヤ
エンジン以外も含めると、
100万円くらい払った所で少しも惜しくない。
S208と同等のバランスドエンジン
クラッチカバーとフライホイールもバランス取り
アクセル開閉時のトルク変化低減対応専用ECU
ボールベアリング・ツインスクロールターボ
低排圧マフラー&エキゾーストパイプリヤ
シリコンゴム製強化インテークダクト
インタークーラー強化シュラウド
低圧損エアクリーナー
カヤバ製ダンパーを採用し、
スチールルーフのしなりを応用したサスチューン
18インチの専用ミシュラン製ハイグリップタイヤ採用
11:1クイックステアリング
Fモノブロック対向6ポッドキャリパー(シルバー塗装)/ドリルドローター
Rモノブロック対向2ポッドキャリパー(シルバー塗装)/ドリルドローター
ハイμブレーキパッド
何も目新しさは無いが、
平川さんの執念が見える。
RAーRは、
レコードアテンプトの中で、
更に「R」を名乗る孤高の存在だ。
スペックCが存在する前提で開発できる、
STIだけに許されたコンプリートカーだった。
その環境から程遠くなった現在、
それでも敢えて世の中に送り出した以上、
このクルマはただものではないだろう。
だから朝一番でサインした。
こいつでサーキットを楽しもう。
ドキドキするぜ。