綺麗に磨けば全て宝石の価値を持つ。
今年もほんの少しだけ、
ニュルブルクリンクの石を持ち帰った。
ポーリッシュのマイケルに、
随分写真を撮ってもらった。
22歳のナイスガイだ。
彼の愛機はM5だから、
何から何まで精通している。
シュヴェーデンクロイツを、
時速250kmで駆け下りると断言した。
こちらの青年は18歳で、
お父さんと一緒に参加していた。
まだスキルは発展途上だが、
このチームで彼も一緒に走れるところが凄かった。
一緒に写真撮ろうよ、と声を掛けたら、
凄く嬉しそうにしてくれた。
これは思い出に残る記念写真になった。
もう会う事も無いかもしれないが、
記憶だけに留まらなかった所が最高だね。
良く見ると、
背後に猛烈なコースアウトの痕跡が残る。
この場所はシュヴェーデンクロイツと呼ばれる、
ニュルの難所の一つだ。
来た方向を振り返ると、
遠く彼方に丘が見えるが、
その手前に強烈なジャンピングスポットがあることを、
決して忘れてはならない。
丘から全開で下った先のジャンピングスポットで、
右側にクルマを寄せて、
着地したあとはこのラインにクルマを載せないと、
恐ろしい結末が待ち受ける。
それがコースアウトの痕跡だが、
調子に乗るとそれでは済まない恐ろしい場所だ。
このラインに載せれば、スムーズな左ターンでこの先のコーナーに入れるが、左に着けるとステアリング操作が急角度になり、縦方向に転倒して大破するクルマも出る。
これが名前の由来で、スェーデン人の兵士の墓らしい。十字架が立っているので、
クロイツと付くのだ。
ここからスムーズに左にターンし、二つあるエイペックスを舐めるように走ると、
スバリストに有名な「神回避」の場所に到達する。
カルロ・バンダムが紙一重で接触を回避した、
あの「アーレンベルグ」が現れる。
マイケルの走りをご覧に入れよう。
会心の走りだったね。
このようにサーフェイスを自分の足で確かめて、
重要なポイントをレクチャーされる。
インストラクターのゲラードは、
実にパッションのある男で説明も上手い。
実にその気にさせるレクチャーで、
ここに何しに来てるのか思う存分自覚させてくれる。
ギリギリまで引っ張るので、
緊張の連続だ。
このアデナウフォレストも難所だ。
数種類の攻め方がある。
何も知らないと、
正面から縁石乗り越え、
大ダメージを受けながら、
コースを突き抜けていく恐ろしい場所だ。
そんな厳しいレクチャーの合間に、
ゲラードはユーモラスな演出も忘れない。
カーレンハードからベアザイフェンに移動すると、
「景色が良いから写真撮ろうぜ」
とゲラードがみんなに声を掛けた。
何言ってるのかわからなくて、
キョロキョロしてたら、
「トシ!早くおいで!」と呼ばれた。
こうして全員集合の記念写真を撮った。
18歳の青年の隣が、
彼のお父さんだけど、
失礼な事に顔を隠してしまった。
最高の天気だった。
その先のエクスミューレで給油待ちが発生し、
数チームが待機している。
右側に出口注意の看板があり、
遠くに速度制限の看板が見える。
そう!
ここは高速道路の扱いなんだ。
速度守らない人が多いけど、
ここでは取り締まりはしない。
オウンリスクの精神だ。
こうして損害車両ゼロ!
脱落者ゼロ!
満足度100%でレクチャーが終わった。
「食堂で終了証渡すと、
暗くて鬱陶しいからここで渡しちゃうぜ」とゲラードが言った。
真っ先に名前を呼ばれた。
ありがとうございました。
仲良しの二人の写真を撮り、
日本通で大いに楽しませてくれた、
ロビンの写真も撮った。
一体何しに来たのかを、
まあこのようにかいつまんで佐原社長に報告すると、
そうなんですか。
ニュルブルクリンクはどの辺りなんでしょう。
と席を立たれた。
着任されてまだ間が無い。
早々に大きな地図を購入されたそうだ。
これでドイツの隅々まで、
販売網を掌握されている。
こんなに細かい地図を見るのは初めてだ。
凄いなあ。
地図の近くに行き、
ニュルブルクリンクはこの辺なんですよ、と指で示した。
流石に10年近く通い続けると、
おおよその位置は解るが、
まさかドンピシャで指が当たるとは思わなかった。
アデナウの文字が読めた。
良く見たら、
その右下にニュルブルクリンクのコースが描かれている。
あらら、
ちゃんとニュルブルクと書かれてるじゃないか。
素晴らしいね。
ドイツの地図はきちんとニュルブルクリンクを道として認めている。
もう一枚、
懐かしい額を発見した。
日産ディーゼルからSUBARUに乗り込み、
立て直しを陣頭指揮した川合社長直筆の書だ。
お元気だろうか。
100歳近くになられるはずだ。
川合社長がスバルに来て、
最も変化したのが年間表彰式だ。
奥さんを同伴して颯爽と現れた。
あの姿は素晴らしかった。
竹中さんが止めちゃったけどね。
中村社長が復活させるのも、
時代の節目に良いかもしれない。
佐原社長から、
ステキな人を紹介された。
この方がスバルドイツの母体である、
エミール・フライ・グループ側の共同社長を務められる、
フォルカー・ダナトさんだ。
物凄くフレンドリーなナイスガイで、
想像と全く違っていて嬉しくなった。
「どうですか、スバルドイツは」と水を向けられたので、
「あるモノ」をとても良いアイディアだと褒めた。
すると、
すぐに部屋から出て、
もう一人の役員を呼び寄せた。
この人はマーケティング部長のユルゲン・エーレンバーガーさん。
大変にこやかな人で、
褒めた「あるモノを」デンと床に置いた。
これは元々スバルヨーロッパのアイデアとのことだが、
彼のチームで検討し改良を重ね現在のスタイルになったのだと言う。
プレゼントして頂けると言う。
他にはどんな所が良かったかい。
ダナト社長に問われたので、
愛犬グッズが素晴らしいと褒めた。
特にフォレスターに装備された、
ワンちゃんのためのスロープは、
犬にもクルマにも優しいスグレモノだった。
すると、
今度はこんなプレゼントが届いた。
これって、
犬好きのスバリストが泣いて喜びそうだね。
とても可愛いじゃないか。
届けて下さったのは、
販売部長のタレク・エルチンドさんだ。
写真の左から、エルチンドさん、そして代田、
続いてエーレンバーガーさん、ダナトさんの順に並んだ。
最高のスバルチームがドイツには沢山ある。
その総本山がここなんだ。
だからドイツから、
熱心なスバリストが日本に来るのだと、
その理由がここにきて良く解った。
ありがとうございました。
こうして4人並ぶと、
まるで日本人は子供だね。
だから殻から抜け出ることが儘ならない。
道幅はドイツも日本も大して変わらない。
この写真を見ると解るはずだ。
クルマにはある程度の器の大きさが、
絶対に必要だと納得できるね。
新しいフォレスター、
本当に使いやすい。
迷っている人は、
無理の言えるディーラーに行き、
300kmくらい走らせると良いだろう。
絶対に新たな答えが出るはずだ。
皆さん、
ありがとうございました。
またお目に掛かれる日を楽しみにしています。