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ヴィヴィオT-TOPと捨てられた村

新宿を捨て恵比寿を活かした。
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元々恵比寿には、
中央スバルの本社があり、
複合ビルとして貸しスタジオを持っていた。

更にディーラーとしての営業所であるから、
サービス工場もあるし、
中古車に触れるから自動車ナンバーの封印も可能な場所だった。

スバルが一時期ボルボを扱っていた関係で、
専用のショールームが用意されたが、
それが生き腐れ状態だった。

恵比寿駅に近く幹線道路にも近い絶好の立地だが、
充分活かし切れているとは思えなかった。

片や新宿も限界点を超えていた。
駅直結の便利さよりも、
およそカーメーカーらしくないショールーム、
設計が古すぎて現代にそぐわないオフィス空間は、
モノではなく笑顔と言う虚像を売ろうと企てた会社に、
全く似合わない装丁となった。

なので「カッコ良い方」を選んだわけだが、
それ以来不運が続くので、
場所の移動は慎重にしないといけないね。

あの頃、
「売る」と言う名目で捨てたものが多すぎたのも、
一種の祟りとなって、
波状攻撃の様に降りかかるのだろう。

ただ、
これには「際限」がある。

スバルの中村社長も苦労の連続だから、
体調には注意して欲しい。

お互い還暦なので、
様々な苦難が訪れるが、
「際限」を超えれば一気に回復する。

これは彼にとって不運ではなく「宿命」だ。
負荷を掛けられたスタートだからこそ、
その後の復活も華々しいはずだ。

言い切れる理由は、
「使命」の存在だ。

はっきり言える事は、
彼にはすさまじい使命感がある。

それだけは決して誰にも負けないはずだ。

これまで捨ててきた、
数々のレガシーを思い出そう。
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例えばシャシーだ。
シンプルな構造で、
理にかなったパワートレーン。
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これが昭和から平成にかけ、
富士重工の屋台骨だったサンバーの亡骸だ。

骨格だけ見たら、
とても24万キロ走ったとは思えない。
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ところが、
エンジンとオートマチックトランスミッションが音を上げた。
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スバルグローバルプラットフォーム(SGP)の様に、
スバルらしい独特なフルフレーム構造だ
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驚いたことに、
サスを構成する重要なパーツ(赤丸)を見ると、
鋳物製が使われている。
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直列四気筒エンジンを横置きし、
しかも荷室を確保する為に、
前方に傾斜して搭載している。

スバルは歴史的な航空機メーカーだと、
このようなDNAから感じ取ることができる
サンバーのエンジンを含む構造を、
あのダイムラーが参考にしたほど優れている。
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しかし安全面では限界だった。
特に後方から追突されると、
サンバートラックは危険なクルマだ。

シートベルトをしていても、
もし大型車に追突され、
シャシーがへの字に曲がってしまうた、
ドライバーは座面から天井に向けて持ち上げられる。

その瞬間、
ドライバーの頭部は激しく天井に衝突し、
衝撃で背骨の一部が砕けてしまう。

軽トラックにとって、
操縦安定性は勿論重要だが、
貨物車として荷物を運ぶ機能をある。
どちらを優先し、
価格という最も大きな壁と向き合うのか。

そう考えると、
サンバーの抱えていた問題は大きかった。

もちろんサンバーには感謝している。
昭和の時代を、
このクルマのおかげで乗り切れた。
使用感はずば抜けて良く、
コスパも高かった。

だから顧客を大きく増やす素になった。

でもレガシィやインプレッサと、
正直なところ整合性が無い。

オーストラリアやアメリカにある、
スバルブランドの先進性を見ると、
サンバーは脚を引っ張る存在に見えた。

それにこのシャシーは拡張性がなく、
サンバー以外への利用法が全く無い。

以前から軽自動車の売り方は、
電気洗濯機や冷蔵庫などと同じで、
コモディティとして売り捌かれていた。

そこを冷静に見て、
スバルが軽の「生産」を捨てることは、
批判する事ではないと考えた。

むしろ「よくやった」と褒めた。

ほとんど孤軍奮闘だったけどね。

こうしてダイハツとアライアンスが始まり、
かつてのライバルと良い関係が生まれた。
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タッグを組んだ早々から、
ダイハツの底力に驚いた。

新型ステラの安全性はトップクラスだった。

このクルマのドライバーは、
凍結路を舐めて走った挙句、
電柱に巻き付いて全損させた。
が、
ドライバーは全くの無傷だった。
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改めてスバルの選んだ道は正しいと思った。

結果的に、
自社で開発不可能なクルマも、
ラインアップに加えることができた。

そう頭を切り替えたので、
スバルの軽自動車がより楽しくなった。

R1/R2は十分スバルらしい。
またノスタルジックな軽も、
まだいくらでも存在する。

このクルマが好きな人は、
ある意味で相当の変わり者だ(笑)
過去にスバルが作った様々な軽自動車の中で、
このクルマだけは別格だと定義していたので、
一台たりとも捨てずに残した。
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スバルにはオープンカーを作る土壌が無い。

例えば誰かが企画しても、
決して賛同しないし協調して事を起こさない。

BRZでもTOYOTAからオファーがあったはずだが、
スバルの辞書に「オープンカー」と言う文字は無い。

ただ軽自動車だけは論外で、
サブロクにコンバーチブルとコマーシャルを作った。

黎明期の勇み足かと思ったが、
長い間の沈黙を破って、
REXスーパーチャージャーにキャンパストップを設定した。

それが商業的に大失敗で、
それ以降のスバルにおいて、
サンルーフ以外は封印された。

そこにチャンスが来た。
ある記念日に向けて、
特別限定車の構想が持ち上がった。
その記念日とは、
スバルの誕生に繋がる記念日だ。

戦後の混乱期に中島飛行機はバラバラに解体された。
中島の名前は一切消え失せたが、
再度飛行機を造る希望は捨てていなかった。

朝鮮動乱など、
国際情勢の変化によって、
日本でもう一度航空機を作ることを、
アメリカから認められることになる。

こうして中島飛行機は名前を変えて、
再び航空機を生産する企業に蘇った。

その創立記念日が、
1953年7月15日だ。

新生「富士重工業株式会社」創立から、
40年を経た1993年に向けて、
「T-TOP」の構想が持ち上がった。

この難題を任されたのは、
後に富士重工業の社長となる竹中恭二さんだ。
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テーマは、
40周年を華々しく飾るSUBARU。
それを造ろうと、
オープンカー構想を打ち立てた事は良いが、
富士重工の社内には、
それに対する知見が一切なかったので、
誰も本気で取り組もうとしなかった。

そこで彼は、
とある会社に白羽の矢を立てた。

日産系の特殊車両メーカーとして、
数々の実績を積み上げた老舗だ。

今年の5月に、
創立70周年を迎える、
「高田工業株式会社」だ。
1950年に初代社長の高田勝也により創業された。

のちにインプレッサ22Bも、
そこへ生産委託されたから、
スバリストなら良く知る老舗の一つだ。

竹中さんの好判断が功を奏した。

企画、デザイン、設計とも、
全て高田工業が担当し、
1993年5月の生産開始から、
生産完了の1994年2月までの間に、
全部で3500台が生産された。

カタログにはT-TOPが3000台で、
ハイスペックなGX-Tが1000台とある。

残念だが当時のスバルに、
そこまで売るブランド力は無かった。
滑り出しは好調だったが、
どちらも飛ぶように売れた訳では無かった。

けれどもシャシーバランスが良く、
流石!高田工業!!と唸らせる出来栄えだったので、
何台か買い揃えショールームに飾った。
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【車名】
ViViO T-TOP
【駆動方式】
FWDのみ
【型式】
E-KY3
【主要諸元】
全長×全幅×全高(mm):3295×1395×1380
ホイールベース(mm):2310
トレッド前/後(mm):1220/1200
最低地上高(㎜):140
車両重量(kg):780
最小回転半径(m):4.9
乗車定員 4名
【エンジン】
EN07/直列4気筒658cc
内径×行程(mm):56.0×66.8

時が過ぎて、
T-TOPは時代の流れの中で、
地味なクルマとして沈んだ。

そんな時、
ビストロ顔に改造して売ったT-TOPが、
しっかり使いこなされて帰ってきた。

そこでモニュメントを作った。
このシリーズで忘れていけない、
ビストロ、
RX-R、
それにT-TOPを融合させ、
永久保存するために。

それ一台あれば、
ひと目でViViOとは何かを知らしめるために。
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2002年の3月から作業を開始し、
約二ヶ月かけて、
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このクルマを完成させた。

塗れることを前提に練り上げたシートを持ち、
5速マニュアルのDOHCエンジン搭載車だ。

T-TOPには設定の無い、
64馬力の最高出力を発揮するエンジンを搭載した。

後で分ったのだが、
高田工業側も64馬力搭載前提で開発していたので、
このエンジンを載せても何の問題も生じない。

次にクルマの一生を終えた、
過走行車でT-TOPを再生した。
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こちらは全くオリジナルのT-TOPで、
18万キロ近く走った故障車だった。

距離から考えて再生は不可能だと思えたが、
可哀そうだったので練習台に活かした。

当時からリフレッシュメンテナンスを展開してたので、
それは何かを「見える化」する必要があった。

要するに、
希望されるオーナーに対して、
解りやすいお手本が必要になった。

軽自動車への要望も増えたので、
積極展開する方向へ舵を切った。

それを基にお客様がイメージを膨らませる。

自由にお金を使えるのなら、
決して苦労しないのだが、
昨今の事情を鑑みれば容易では無い。
整備を続ける中で、
意外なことが解った。

T-TOPの前後の荷重配分は、
4WDのマニュアル車と同一だった。
偶然にも程度の良いドナーも自社内に存在した。

幸運が重なり、
可能な限り良い状態まで復元できた。

そして完成したクルマを、
様々な場所で試した。


その時に、
不思議な場所と巡り合った。
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人里離れた山奥に、
人気を全く感じさせぬ集落があった。

ヒトの気配がないのに、
さほど荒れ果てていないのが謎だ。

一部に作り物のような曖昧さを感じ、
それでいてなぜか生活臭も伴う。
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長い年月誰かが暮らした形跡は、
とても色濃く残っていても、
どこからかスタジオセットの様な嘘臭さも漂う。

特徴ある建物に、
案内板が設けられていた。
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これが廃村なのか。
そう気が付くまでに、
かなりの時間を要した。
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この家から特に迫力を感じた。
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何とも奇妙なので、
T-TOPを空き地において歩くことにした。
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ある家から強いヒトの気配を感じた。
廃村なのに、
誰かが住んでるらしい
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この家は名古屋に住む人がオーナーで、
朽ち果てさせないために、
夏から秋の数か月だけ格安の宿泊施設として営業していた。
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囲炉裏もあるし、
五右衛門風呂まで完備していた。
湧き水も豊富だから、
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家の一部に水場がある。
すぐ脇を流れる小川では、
ヤマメなどが沢山釣れるそうだ。
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自炊も出来るし、
一泊二食付きで六千円なら安い。

こんな家が何軒も残っている。
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大平街道は中仙道妻籠宿と、
信濃飯田藩を結ぶ重要なルートだった。

そこで栄えた宿場街を保存して、
今も活用してるのだ。

先へと歩くと、
更に凄い家が現れた。


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軽自動車が停まっていて、
何やら」作業をしている。

見学をお願いすると快く受け入れて下さった。

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まさに本格的な造りの古民家そのもので、
羨ましくなるような建物だった。
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立派な天井だ。
雪の深い冬を乗り切る工夫だろう。

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希望すれば、
かまどでご飯も炊けるそうだ。
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申し込めば宿泊が可能で
食事は全て自炊となる。

料金は一泊2千円と驚くほど安い。
これは田舎の楽しみを満喫出来る、
素晴らしい場所じゃないか。
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この家を守っている人は、
この家の子孫だった。

お話しを聞くうちに、
ご主人も初耳だと言う事実が、
奥様の口から次々と明らかになった。
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ここが廃村になった理由は、
急激な林業の低迷と、
家庭用のエネルギー革命だった。

その荒波の中で、
残るべきモノは残った。

この廃村の魅力が、
蘇ったT-TOPを惹きつけた。
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このクルマも含め、
オープンカーは車庫を持つものが、
飼い続けるべき家畜だ。

雨が漏れたり、
雨で濡れたりしても、
気にするクルマでもない。

屋根は外しておくのが基本で、
臨時で取り付ける、
単なる雨除けのアイテムだ。

そう考えて所有すると、
こんなに面白いクルマは無い。

山の中を走りまわり、
この時初めて気が付いた。

リヤウインドウを下げ、
三分割のルーフパネルを外すと、
クルマがしなやかに撓り、
本来の性能をいかんなく発揮する。

閉じて乗ってはダメなのだ。

これは思わぬ結果だった。

高田工業の知見は大したものだね。

2016年8月24日の記事を基に、
今日の状況を踏まえて新規投稿する。

Commented by 元中の人 at 2020-04-04 23:17 x
懐かしいなぁ。まだ発売前に連休中に会社がピットの製作依頼受けて早急にピット造った時に工場に並んでましたよ。奥には輸出用のボンネットトラックのライン
手前には日産240SXの最終仕上げ場
横にTtopがほぼ完成した形で置いてありました
発売前だったから興奮したの覚えてますね。
あの場所をみたらどっかの工房か?ってな位に人の手で作成されてたかが良くわかりましたね。
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by b-faction | 2020-04-04 16:56 | Comments(1)

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