これを覚えてるかな。スバルが本気でやってたけど、リーマンショックで撤退した。
どこかの富裕層の玩具ではなく、本気で使える飛行機だった。
可愛いR2を見て欲しい。
執念を実らせた。
引き続き整備して、
充分な性能を引き出す。
三島さんから写真を戴いた。
カメラが良いと、
モノクロも凄く良いね。
知らなかった。
モノクロ専用のカメラがあるなんて。
M9がベースの、
初代ライカモクロームに、
触らせて頂けただけでもラッキーだ。
ありがとうございました。
これでR2を撮ったなら、
さぞかしユニークに映るだろう。
興味が尽きない。
愉しい時間を頂き、
本当にありがとうございました。
またお目に掛かる日を楽しみにしています。
世の中には思いがけない事や、
思った通りの事や、
やっぱりなと思う事や、
色々な出来事がある。
昨日はそう言う意味でビックリする事がいくつかあった。
その中から、
思った通りのビックリした事を紹介したい。
以前も紹介したが、
となりの恵那市に「カネスエ」がオープンした。
乱暴なドミナントではなく、
なかなか念入りな準備をしたようだ。
大変な時期にオープンするが、
これは追い風になったと感じた。
「美味い魚が食いたくてカネスエに入った」
第二の創業者と言える人物は、
丁稚からたたき上げのオトコだ。
その言葉が何か心に刺さり、
オープンを心待ちしていた、
価格勝負もあるけれど、
魚には確かに工夫がある。
この地の生鮮が危機的状況の中で、
一筋の光明かもしれない。
冷凍ものでも美味い刺身はある。
楽しみだ。
それよりも、
サケの切り身に驚いた。
まるで時しらず並みの味を、
単なる切り身から感じた。
ネーミングも優しくて好きだし、
これから店選びが楽しめそうだ。
延縄漁で獲ったと明記した点や、
ズバリ刺さる価格とか、
なかなか面白いけど、
それ以上にシステムに秘密がありそうだな。
大きな花壇の手入れに一区切りつけ、
向い側の小さな花壇に移動した。
伸び放題のカラスノエンドウが気になり、
保管してある中古車を移動した。
27日から着手し、
二日間でここまで整ったが、
なかなか雑草が手強い。
カラスノエンドウは、
決して憎むべき植物ではなく、
花が可憐で食用にもなる。
ただ、
繁殖力が凄いので、
放置すると来年が大変なんだ。
それに花壇の土も元気じゃないので、
こうした強い植物に乗っ取られてしまう。
結局のところ、
土が痩せてる原因は砕石のせいだ。
今日で小さな花壇にも区切りをつけた。
シバザクラを株分けして、
また秋口に植えるか。
苗を買えば簡単だが、
それでは少しつまらない。
長期閉店を決めた頃、
エンジンオーバーホールに集中したのを、
覚えている愛読者も多いはずだ。
一つは水平対向でもう一つが直四だ。
21日から加速して、
定休日を挟んだ23日に、
クローバー4が完成した。
この直四はR2のエンジンで、
漸く搭載が可能になったので、
工房に移動され出番を待った。
雑味のあるエンジンを降ろす作業が始まると、
執念でほぼ一日で目途を付けた。
翌日で長期休暇に入るため、
吉村メカはほぼかかりきりで作業を進めた。
降ろしたエンジンから補器類を外し、
付け替えるだけでも、
それにはかなりの手間がかかる。
エンジン単体で暫く保管し、
次の役割に備える。
こうして24日の夜にすべて完了し、
全員長期休暇に入った。
翌朝綺麗に洗車して、
太陽の下で乾かし、
一旦工房の奥に入れ少し休ませた。
細部を確認後、
エンジンに火を入れた。
ここからは整備士が不在のため、
依頼されたルーティンを正確にこなす。
毎日朝一番に表に出すと、
閉店するまでアイドリングを維持し、
潤滑や冷却が順調なのか様子を見た。
20時間ほどアイドリングを続けた後、
昨日の朝に細部を良く点検した。
問題が無いと報告を受けたので、
待ちに待ったコックピットに身体を沈めた。
エンジン快調だ。
ゆっくり丁寧に20kmほど走らせ、
何の問題も無い事を確認した。
綺麗なエンジンが、
フロントフードの下に収まっている。
R2がご機嫌な顔をしている。
笑顔のハッピーフェイスが好きなんだ。
濁った黄色も良く似合う。
レモンイエローも良いけど、
特徴的な黄色も悪くない。
R2は単純な色より、
複雑な色が似合うね。
綺麗な内装なので、
室内の快適性も抜群だ。
動画を見てもらえたかな。
ステキな仕上がりだ。
走り終えて元の場所に戻った。
結局、
この角度が一番好きなのかな。
最初と最後が似たような写真になった。
R2って本当に色褪せないよね。
特にこのトパーズイエローは、
少しくぐもっていて、
ちょっとクールに感じるカラーだ。
明るいクリームイエローもハッピーだけど、
「らしさ」では、
R1とお揃いのトパーズイエローが良いね。
これもSUBARUの歴史に残る、
とても大事な資産だな。
ところでその「R1」なんだけど、
じつは冒頭の「エクリプス500」をオマージュしてたんだ。
SUBARU国内販売本部は、
そのことを全く知らなくて、
資産を活かすことが出来なかった。
その主翼はSUBARUに任された。
まるで自動車を作るような、
工場における大量生産が計画された。
その野望は叶わなかった。
大きな嵐がやって来たから。
今はあの時よりも大変なのか、
それとも厄介なのか、
或いは捻じれを戻すチャンスなのか。
そう考えると、
やっぱりこれって、
同じ嵐では無い。
忘れちゃいけないね。
来るべくして訪れた「機会」なのだ。
日本人らしく、
変えなきゃ。