その昔、誰が見ても失敗すると、一目瞭然なクルマがあった。
その名をグラベルEXと言う。
センスの問題だ。
SUBARUが最も嫌う事を、平然とやってのけたセンスが悪すぎる。
前後のオーバーハングに、トンでもなく重い飾りをつけて平然と売った。
馬鹿丸出しで売れる訳がない。
困ってると頼まれて、三台義理で購入し、全部取っ払ってローダウンした。
それに比べ、この子は違った。
最初見た時から気に入った。
おそらく最初の失敗が、このクルマを成功させた。
Cセグメントのクロスオーバーが欲しい時だった。

厚みはあるけど、
決してくどくないフロントフェイス。
横線が二本なのでシャープに見える。
これがシルバーボディだとボケるが、
ブラックだとキリッと引き締まった。

フロントバンパーからサイドシルに流れ、
そのままリヤホイールアーチのクラッディングに続く、
独特の処理も良かった。
リヤバンパーのタイヤと重なる部分を、
サイドクラッディングと同様に黒くするモチーフは、
既にこの時に出来上がっていた。
ここは、
今見ても感心する。
艶のあるブラックボディと、
未塗装のクラッディングが絶妙に溶け合い、
とても良い存在感を出しいる。

水中眼鏡式のリヤスポは、
Cピラーにドシッとした安定感を出し、
SUVらしさを引き立てた。
何よりも気に入ったのが、

インテリアのカラーコーディネートだ。
ここまで綺麗にするのに二週間かかった。
なぜ、
そこまでこだわったのか。
このクルマには、
隠れた悲劇があるからだ。
既にこの当時から、
SUBARUの開発はアメリカ市場がスタンダードで、
日本とか欧州は「オマケ」になっていた。
海外営業の中でも、
アメリカは突出して好業績だった。
豪州はBMWを上回るブランド力を持ち、
中国は急に勢いを増していた。
その中で、
日本と欧州は古くから基盤を持つが、
余りにも伸びしろが少なかった。
従って、
日本と欧州仕様は標準車高のまま、
派生車としてラインナップされた。
それは仕方がなく、
コスト増の要因を作りたくないからだ。
伸びしろの大きなスタンダード市場では、
コストを掛けてしっかり差別化しただけの、
大きな見返りが予見された。
それだけの話だ。
だから中国、豪州に加え、
当時好調だったロシアと一般市場、
即ち米国仕様においては、
これとは全く違うクルマとして発売された。
つまり、
この後に出るGP型インプレッサXVと、
ほぼ同じシャシー設計が先行開発された。
国内仕様とは別物だった。
それではなぜ、
そんなオマケが目に留まったのか。
理由は簡単だ。
その販売価格に対して、
目を疑うほどの差別化だった。
新しく型式指定を得ないので、
クルマの諸元は同じでも、
インテリアもエクステリアも海外仕様と共通だ。
ステキなグローバルデザインは、
国内仕様でも変わら無かった。
もう一つ分かった事は、
ベースになるスタンダード仕様、
即ちアメリカ仕様を創るにあたり、
臺PGMの力量が冴えていた。
50mmの車高アップは、
タイヤで5mm、
取付部位変更も含め、
サス全体で45mmアップした。
そのために、
前後スタビライザー、
コイルスプリングなどバネ系を一新させたうえで、
ダンパーの減衰力特製を徹底的に見直した。
特にリアまわりのジオメトリー変化を入念に分析し、
リヤクロスメンバーの剛性を最適化したのも大きな改良店だ。
こうした効果で、
標準車高のままの国内仕様は、
より大きな恩恵を被り、
FF車の軽さも功を奏し抜群に面白いクルマになっていた。
なので、

そのクルマが再び戻って来た時に、
絶対残しておこうと決めたのだ。
遂にバラバラに分解する日が来た。

汚れてはいるが、
どこの誰が使ったのか分からないクルマではなく、
二世代続くスバリストの愛機なので、
インテリアの汚れは想像以上に少ない。

良いシートだ。
19万キロ乗ってもくずれていないし、
テキスタイルの質が良いのだろう。
新車の時とあまり変わらない色目のままだ。

晴れたので外に出し、
徹底清掃が始まって、

綺麗な姿に戻っていった。

アルミペタルも全仕様共通で、
締める所をきちんと締める拘りを見た。
その日にドナーもお役御免となり、

もう一台の丸目と共にドナドナとなった。
お疲れさまでした。
エンジン調整も終わって、
とりあえず安全に走れる状態になったので、

精魂込めて磨き上げた。

こうして一通りの作業が終わり、
このブログ愛読者の皆さんに、
その晴れ姿をお知らせできる日が来た。
このクルマがしっかりできていたので、
XVは大成功した。
やっぱり、
作り手の執念は大事だ。
寄せ集めの手抜きでは、
決してハートに刺さりはしない。
この作り手のハートは、
見事に四代目のフォレスターで花開くことになる。
そう言う意味でも、
このインプレッサXVは大事な資産なのだ。