記事としてまとめたが、途中で書き損なって保留したままだった。
まさか、こんな形で終わるとは思わなかった。
堺の落合さんに戴いた、
レーズンウイッチを封切った。
美味しかった。

バームクーヘンも入っていた。
これも美味しかった。
前年の同じ頃、

いくら泳いでも微増していた体重が、
ピタッと止まった。

そしてジワジワと下がり始めた。
暴飲暴食さえ気を付けていれば、
体重増加とは縁遠くなっていた。

そんな時に、
落合さんが訪れてくれた。
新たに手に入れたピカピカのレオーネを、

生みの親の高橋三雄さんに見せた帰りに、
中津スバルへ立ち寄られた。
サインまで、
そのまま届けて下さったのだ。
ご本人は 米寿になって 足が痛い とか。
お元気でした。
レオーネを 現在見て
凄く 感激されてました。 しばらく 絶句。
それから おもむろに、
「作り手、売り手、乗り手
たくさんの人の
真面目な 手。
それらがなければ こんな仕事は
出来ない。
作らせていただき
ありがとうございました。
アルシオーネは 少しだけ ごめんなさい」
ですって。
なんかね ソラに向かって話してた。
私に向かって、
「よく残していただき感謝申し上げます。
末永くよろしくお願い申し上げます」と仰いました。
その数日後に、
落合さんから届いたメッセージだ。
そして、
10月に初めて満徳寺を訪れた。
クロストレックの研修会が、
泉大津で開かれなければ、
もう会うことは無かったかもしれない。
そして11月になり、
WRCが開催された翌日に来訪された。
まだまだ、
これからという時だった。
今朝出勤してブログのコメントに目を通し、
訃報を知った。
お知らせ頂き有難うございました。

だけど、
ふと思う。
落合さんほどの人物だ。
きっと悟っていたに違いない。
残念だ。
残された落合さんの愛機は、
最近三台揃って取材された聞いた。
晴れ舞台を得て、
さぞかし嬉しかったことだろう。
残されたスバルに、
落合さんの魂が宿るはずだ。
スバルを愛し続けた落合さんに、
最強のスバルが奏でるサウンドを手向ける。
何としても18時迄に堺に向かう。
落合さん、
きちんとお別れができて良かった。
安らかなお顔にホッとしました。
ゆっくり休んでくださいね。

さようなら。
毎日の活動やスバルについてご紹介します
by b-faction
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