
ユニークな人物だ。
若くして海軍機関大尉を命ぜられた。
その後、
横須賀にある海軍工廠の飛行機造修工場の工場長に抜擢された。
そこで海軍初の国産機を完成させた。
その功績が認められ、
当時の日本はフランスに飛行機を発注していたことから、
現地で日本が発注した飛行機や発動機を適切に作っているかを監理する為に渡仏した。
そこで知久平が見た現実が、
その後の中島飛行機誕生に直結した。
「見る」ことの重大さを表している。
知久平は事業家として羽ばたくわけだが、
戦略家としての素質も豊かだった。
自分で飛行機を作る野望を胸に、
仮病して海軍を退役し、
自分を支持する者を固めながら着実に歩んだ。
海外の技術を貪欲に吸収し、
飛行機作りに邁進しながら、
当時の飛行機レースにも熱心だった。
野球も好きで今に繋がっている。
優秀な飛行機も沢山作ったが、
それ以上に高い評価を得たのが発動機、
航空機用エンジンだった。
知久平の魂をスバルの戦士から感じ取り、
美しい麦畑の続くドイツを発った。
ここ十年以上、
エアバスしか乗ったことが無い。
エアラインにもよるが、
ボーイングの劣勢はかなり目立つようになった。

キャセイもエアバスを積極的に採用している。
ドイツの出国手続きには時間がかかるので
ミニマムで45分は必要だと注意書きされた。
「あんたはグループ4ね」
チェックインで言われたが、
何のことかよくわからない。

行って見て解った。
ゲートに入ってから効率よく座るよう区画され、
搭乗がスムーズにいくよう工夫されていた。
トイレも近くにあるが、
行くときは必ず搭乗券が必要だ。
搭乗ゲートがフレックスなんだ。
エアクラフトの進歩も速い。
遂にフロントビューカメラが前脚の後ろに付いた。

とってもリアルなライブが楽しめる。

それだけじゃなくて、
操縦席のデータを呼び出して重ねることが可能だ。
地上でも飛行中でも座ったらすぐに見ることができる。

夜間は真っ暗なのでデータのみが映し出され、
一万メートル以上の高さをほぼ音速でクルージングしていた。

音も静かだし離着陸も凄くスムーズ。
年々良くなっていくことが体感できる。
スバルにも言えるランニングチェンジの見事さだ。

尾翼の前端にもカメラが付き、
アラウンドビューも可能になった。
着陸時の様子がリアルに楽しめる。
香港も毎年変わっている。

空港の端部には重機が林立し、
昔の啓徳空港のイメージはまるでない。

完全に東洋のハブ空港になった。
かつて日本は航空機で東洋一となったが、
終戦後は全く芽が出ない。
GHQが中島飛行機を恐れ、
徹底的に解体した理由が、
ここに来て良く解った。
飛行機では立ちあがれず、
首都の国際空港も、
成田に作るという痛恨の失策を重ねた。
結局ハブ空港は、
全て近くのアジアに持っていかれた。
国力喪失の一因だな。

目覚ましい変化の香港国際空港を後にして、
中部国際空港に向かった。

南回りだと良く解る。
日本が近くなると、
なぜか鹿児島と御岳の文字が現れた。
懐かしさで嬉しくなる。
スムーズに着陸し、
真っ先に国際犬訓練所に向かった。

真鍋所長、
お世話になりました。
全く違う陸斗が、
事務所の中のサークルに入って、
ニコニコ笑って待っていた。
顔が変わった。
ずっとTシャツを着せていたので、

全く着脱に対して抵抗しない。
また一つ大人になったね。
訓練所の生活は楽しかったようだ。
でも、
家についたら「グフウー」と感激してたね。

この犬種も知久平の時代にドイツで誕生した。
まだ僅か百年の歴史だが、
この高性能なシェパードは、
マックスと言う名の騎兵大尉による、
積極的な交配で開発された。
柔軟な筋肉、
聡明で忠実な性格、
この犬をコントロールするためのスキル・・・・、
どれをとっても魅力に溢れる。

翌朝出勤すると、
リュウゼツランが満開だった。
それにブルーベリーも収穫期を迎えていた。

着いてすぐロードテストを依頼された。
夕暮れを待ち、
いつものコースに向かった。

南川さんのXVは抜群の仕上がりだ。
一週間ぶりに本格的なワインディングを走り、
ドイツで得た新たなスキルを自覚した。
その動画も是非ご覧いただきたい。