
素晴らしい酒を封切った。

潔いラベル。
見た途端に陸斗が頭をもたげた。

「いただけますよね?」
今日は休肝日にしなさい!

旨味が迸る。
多くを語らぬ酒を、
その味が全て代弁した。
美味しく戴きました。
ありがとうございます。

で、
この直後に盃を左手で引っかけた。
カタンッと音がした途端、
陸斗がテーブルの下にダッシュ。
引っ張り出すのに苦労した。
それぐらい美味しいってことね。
一夜明け、

今日は掃除の日で始まった。
看板等の基礎を北原左官さんに直して戴いた。

その上を塗料で仕上げるために、
看板そのものも手の届く所まで直した。
まずケレンして、地肌を整える。
そして錆止めを塗った。

総費用が五万円ほど必要になったが、
看板を大切にすることが会社を大切にすることに繋がる。

並大抵の苦労で得た看板ではない。
大切に大切に扱おう。

クルマが生まれて130年以上経った。
タイヤは細いが四つあるし、
既にドイツでは女性ドライバーが堂々とクルマを操った。
日本でも川上貞奴が、
南木曽のダム工事現場で車を乗り回したらしい。

こんな感じだったんだろうね。
行ってみれば、
今の時代の軽自動車だ。
それに対して、
多人数乗りもデビューしていた。

エクシーガみたいなもんだね。
時速20㎞出せて8人運べた。

正にオムニバスだ。
これ見ると現代のSUVを彷彿とさせる。
何はともあれ、
この時代のダイムラーで一番好きなクルマはシンプレックス。

WRXのWRカーに当たる存在だね。

バケットシートが凄い。

インディケーターが泣かせる。
当時も命がけのチャレンジだろう。
とにかく、
オムニバスの登場時、
許容回転600rpm、
最高出力5馬力から、

このメルセデスーシンプレックスは、
一気に許容回転1100rpm、
最高出力40馬力とたった7年で8倍のモンスターに成長した。
パリ万博でまだダイムラーの技師だったポルシェ博士が、
人類初のハイブリットカーを開発展示した二年後だね。

大丈夫かい、
スバルよ。

看板を捨てたらアカンよ。

半分捨ててるからな。
八倍とは言わないが、
350馬力の壁を突き破ってこそ、
中島知久平がほほ笑むだろう。
それでは、
今日も動画を楽しんで欲しい。
また明日。