幻の中津川線
2025年 08月 29日

かつては中仙道の本陣脇にあった旅籠が、
鳥舎として移転した老舗の料理旅館がある。

その中に6棟の離れ座敷が存在し、

ここで食べる季節料理は最高だ。

そこを起点に中津川にかつて存在した、

この橋は国道19号線で右が長野県、

いつも動画撮影で走る道右へ見へ向かっている。

実はそれより以前の明治時代から、

伝統は守らねばならぬ。

七福の栗きんとん、

この週末、

この日持ちしないお菓子も魅力的だ。

さあ、

この色のフォレスター、
敷地は一万坪。

そのすべてが古民家としての佇まいを維持している。

一歩先に季節を先取りする日本料理の奥義、
決して人々を飽きさせることが無い。

北恵那鉄道の遺構を辿ってみた。
しかし、
話はそこで終わらない。
実は中津川には貨物線がもう一つ存在した。
北恵那鉄道の中津町駅から国鉄の中津川駅に支線が接続し、
その反対側には、
中津川駅から恵那山に向かって延びる、
本州製紙中津川工場の引き込み線が存在した。
本州製紙中津川工場と言えば、
その設立に渋沢栄一が関与した国策企業の一つだ。
中津川の下流方向にある駅から、
恵那山に向かって製紙用の木材を運び、
完成した製品を駅に向かって運んだ。

左が愛知県に向かっている。
右岸の堤防から一つ奥に入った場所に線路があった。
右方向に目を向けると、

そして、
ここから右岸に沿って鉄道が工場まで延びていた。

工場建設のための資材運搬線が敷設され、
その狭軌の鉄道を恵那山に向かって森林鉄道として延長していた。
つまり、
中津川駅を挟んで、
北は北恵那鉄道(福沢桃介の電力開発に伴って誕生)、
南は本州製紙引き込み線とその先に存在した、
恵那山森林鉄道の三つが存在していた。
そして、
その三つを同じ軌道幅に揃えて連結する計画も存在した。
森林鉄道の概念そのものの消滅により、
これら三つの鉄道はすべて姿を消したが、
次に国鉄が飯田と中津川を結ぶ中津川線を計画した。
パイロットトンネルまで掘って、
そこからわき出した温泉によって、
昼神温泉が誕生したにも関わらず、
中津川線も実現することは無かった。
そしてようやく実現するのが、
リニア中央新幹線だ。
こうして美濃と南信を鉄道で繋ぐ夢が実現するだけでなく、
中津川東京間を一時間以内に運行する念願がかなう事になる。
こうした文化の蓄積が、
中津川を魅力ある場所に育て続けた。
栗きんとん発祥もその一つだ。
これは季節商品だ。

そして発祥の地として胸が張れるように、
常に研鑽の道を歩む必要がある。

明日が解禁日だ。

是非中津川へ。

狙って手に入れて欲しい。

今日の相棒を紹介しよう。

乗れば乗るほど胸が躍る。
動画もぜひ楽しんで欲しい。
明日は犬社員出勤します。
宜しくお願い致します。
代田社長こんばんは!先日は、日本酒楽しんで頂けて嬉しかったです。私も恥ずかしながら、初めて知った酒蔵でしたが、日本酒作りへのこだわりを強く感じました。
今夜も動画楽しませて頂きました!中津川の街並みは私も大好きで、風情ある雰囲気が素晴らしいですね!10月に愛機の1年点検予約させて頂きましたので(恐縮ですが詳しくは大宮さんにお聞き下さい)、お会いできる日を楽しみにしております!
今夜も動画楽しませて頂きました!中津川の街並みは私も大好きで、風情ある雰囲気が素晴らしいですね!10月に愛機の1年点検予約させて頂きましたので(恐縮ですが詳しくは大宮さんにお聞き下さい)、お会いできる日を楽しみにしております!
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浦山さん、こんにちは。ご厚情に感謝します。楽しみにお待ちしています。
by b-faction
| 2025-08-29 22:00
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Comments(2)


