
3年前の今日は朝から快晴だった。
前日にWRCが終わって、
展示したクルマを綺麗に洗った。
この地域初のWRCは物凄く盛り上がり、
中津川市の繁華街に設けられたリヒューエルポイントには、
多くの人が溢れ返った。

当社も春先から各種イベントに参加してラリーを盛り上げ、
RALLY当日にはその効果が全国に向けて発信された。
この日は土曜日だったので、

一歳半になった陸斗が犬社員として出勤してた。

平塚の鈴木さんが来訪され、
大型犬におっかなびっくりの様子だったが、
今ではジョン君の立派なパパになった。
この日は新井さんも立寄ってくれた。

自分でスポンサーを開拓し、
立派な戦績を積み重ねている。

今年はお目に掛かれなかったが、
クラス優勝を勝ち取った。

この時は新井敏弘選手がスバル車以外の競技車で参戦し病院送りとなった。
三年目の今年は奇しくも勝田範彦選手が病院送りだ。
もう現在のスバル車では競技に参加することもままならぬ状態なので、
今年はスバルの競技車が近年記憶する中で初めてゼロとなった。
本体が電動化に舵を振り切った以上、
この事は容易に予測できたので驚いてはいないが、
スバルの行く末が心配なのは皆同じだろう。
慌てて、
中期計画の修正が入った。
https://www.subaru.co.jp/ir/individualinvestors/vision.html
興味のある人はご覧いただきたいが、
火鉢の上で焼いてた餅が、
思わぬところでプクンと膨れて穴が開いて、
網から降ろそうにも降ろせない慌しさが読み取れる。
この日の二日後に陸斗と初めて恵那峡に行った。
その時の顔が、
今のスバルを象徴している。

その月の望桜荘の前は、
今のスバルの様に弱っていたが、
将来を見据えて根気良く手を掛けたら回復した。
まだ完全じゃないけど、
長谷川さんのご指導のおかげで、
この状態には戻さない自信もついた。
スバルには素晴らしい人材がいるから、
この後ジックリ修正した効果を結果として見せるはずだ。

中津スバルは「スバル」のためにあるクルマ屋と自負している。
その「スバル」には株式会社スバルのありとあらゆるものは勿論、
スバリストじゃなくてもスバルが好きな人、
そして最も大切な「チーム中津スバル」も含まれる。
これは社員だけでなくその家族、
そして中津スバルを育てて下さるお客様とその家族を指す。

恐らく日本国内では、
このクルマがデビューした時が、
スバルのブランドステートメントのピークだった。

このクルマは磨けば光る。
磨かれてないから光ってなかった。
内側から磨かないから、
その輝きを失った。
今さら大崎社長が、
なぜJSMで口角泡を飛ばしながら「ブランド」と連呼しなければならなかったのか。
その理由は何か。
簡単だ。
それは内側から壊れて来たからだ。

過渡期の統廃合の煽りは、
最前線の末端で売る者に冷たく厳しい仕打ちを続けている。

こうしたことも、
ブランドを毀損することに気が付くのが遅かった。
ファンは敏感だ。
そのファンがどこに居るのかを、
スバルはもっと自問自答する必要がある。

ステキなお土産を戴いた。
WRC観戦の御土産だ。
宮下さん、
ありがとうございます。
トマト農家の山田さんから、

大事に育てたトマトも戴いた。
ありがとうございます。
皆で楽しませて戴きます。

鍋内さんから、
ステキな安曇野のお菓子を戴いた。

ありがとうございます。
味わうのが楽しみです。

ピッカピカに磨いたインプレッサ、
颯爽とデビューだ。
今日も動画を楽しんで欲しい。