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22Bの誕生

インプレッサの象徴として産まれた世界限定400台の希少なクルマ。
現在の自動車を取り巻く環境なら、
おそらく誕生しなかったであろう「不朽の名車」と言えよう。

平成10年の春のことである。

幸運にも富士重工の配慮でたった400台のベースになる車両が、
艤装ライン(現在ではトリムラインと呼ばれている)から最終検査を受けて、
外へ飛び出していくのに立ち会うことができた。

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なぜ立ち会えたかというと、全国スバル販売店大会が、
スバル発祥の地の大田で初めて開催され、
式典の後、工場見学というプログラムが組まれていた。

そのとき
ソニックブルーのベース車両が、
混流ラインで大量生産される、レガシィやフォレスターに混じって、
次々と生み出されていった。
その瞬間に出会えたことは、
予定通りだったのか、それとも偶然なのか、
今では知る由も無いが、スバリストを自認する自分にとって、
生涯忘れることのできない場面だ。

ところで「ベースになる車両」といったのには訳がある。
22Bは富士重工やSTIだけで造られたのではないからだ。
富士重工のラインではいったんベース車のGC8クーペWRX typeRが生産される。
そしてナローボディのまま、ラッカースプレーで紫色に着色されたダミーホイールを装着し、
次の架装先である「某架装メーカー」に運ばれる。

そこはかつて日産のパイクカーを生産した有名な会社だ。
そこで左右のフェンダーを前後とも丁寧に取り外す。
リヤクォーターパネルはロウ付け溶接され、
フェンダーとバンパーを交換し、
ワイドボディに改修された。
ところで、ボディサイズだけでなく、エンジンの排気量まで変わっているのに
型式はGC8のまま。
少量生産だからだろう。
当時のクルマを取り巻く環境なら可能だったのだろうが。

また、当時は非常に強い555ブランドがあった。
それは当時スバルクレジットが5.55%の記念金利を設定したほど。
だから555台作りたかったに違いない、と僕は思う。
400台しか生産できなかったのは、
ボディ架装を引き受けた会社の事情だと聞いたことがあるが、
それは定かではない。
いずれにしろ現在のクルマを取り巻く社会環境を考えたら、
「22Bの再来」は「絶対二度とありえない」と容易に断言できる。

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僕は当時、WRカーとしての22Bを必ず売らなければいけない理由の一つとして、
記念碑的役割をあげた。
WRCで日本車がメイクス3連覇という偉業を成し遂げた以上、
富士重工としてそれを売る義務があることと、
今後のブランド構築の上で最大のチャンスだと直感したからだ。

だから言うだけでなく、実際に発売されたときの「入れ物」を先に用意した。

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その入れ物が「B-faction」なのだ。

ところで22BはいったいベースのWRXと何が違うのか。

まずエンジン。
低速トルクを出すため、
あえて当時輸出が主体の2.2リッターエンジンをドーピング。
STIがこのクルマのために、素晴らしいスポーツエンジンに仕立て上げた。

更にボディが大幅に違う。
実戦で活躍していたWRカーとほとんど変わらない。
特にリヤクオーターパネルとフロントフェンダーが大きく異なる。
ちなみに、当時の金額でフロントフェンダーは片側16万円。
リヤクオーターパネルが片側27万円だったのには驚いた。
前後のバンパーやスポイラーも異なっている。
そしてワイドトレッドに合わせ専用のBBSホイールを装着した。

ただし駆動系のディメンションはそのままなので、
運動性能がいまいちピリッとしていない。
まあ、これはしょうがないだろう。
とにかく売ることができなければ何もならないのだから。

発表前にすでに2台受注しており、自社分も含め何とか3台確保できたのは幸いだった。
一気に受注が舞い込み、発表からたった半日足らずで抽選に切り替わったからだ。

定期的にB-factionに赴きボディを磨きながら、大切に展示している。

上の画像は7年ぶりに展示角度を変更した時のもの。
少し声をかけただけで男性社員は直ぐ全員集まった。

みな嬉しそうだ。
Commented by 翼パパ at 2007-02-22 17:48 x
はじめてコメントさせてもらいます。
福岡で22Bに乗っている翼パパと申します。

GCのWRカーの活躍を見て、スバルが好きになった自分は、まずバージョン6のクーペを購入し、続いて嫁さん用にBPレガシィのTW2.0Rを買うほどのスバリストになってしまいました。
そして一昨年、バージョン6手放し念願の22Bを所有することができました。
どんなに新しいSシリーズが発売されても、22Bだけは特別な存在ですね。今でも色褪せることのないデザイン、特別なエンジン、素晴らしいの一言です!
社長のおっしゃる通り、正に記念碑的な役割の、ストーリーを持った車です。こういう車はもう2度と出てこないと、私も思っています。
ですから、これから動かなくなるまで大切に乗っていこうと思っています。

中津スバルの展示車の22B、是非一度拝見してみたいです。
Commented by Toshi at 2007-02-24 09:07 x
有難うございました。
翼パパさんのブログもたまに覘かせて頂いています。

スバルのスポーツの歴史をたどっても22は別格です。

たとえば先日完売したRA-Rを頂点とすると、
過去にさかのぼり
S202、初代WRX STI RA、レガシィRS RA、
AB5型レオーネHT RX、
レオーネクーペRX、
1300G SS、FF1スポーツ、1000スポーツと
見事に繋がっていきます。

スバルはレガシィ・インプレッサで爆発的にファンを増やしましたが、
こういう歴史が22Bの誕生のバックボーンだと思います。

またそのあたりも思いついたら書かせて頂きます。
近くにいらっしゃったら是非遊びに来て下さい。
Commented by ひろりん at 2007-03-21 21:13 x
ご無沙汰しております、ダーツが得意な?(笑)豊田市のノッポです。
こちらのブログへは初めてアクセス致しました。
「ひろりん」でコメントさせて頂きますのでどうぞ宜しくお願いします。

B22の誕生秘話を興味深く読ませていただきました。
生産ラインで出会えたのは運命でしょうか?。

さて、私はサーキットで激走するインプレッサを17-18日に鈴鹿サーキットでのGT開幕戦で激写してきました。

http://8826.teacup.com/henatyoko/bbs?BD=9&CH=5

友達のHPの掲示板ですがこちらへ写真をアップしてありますので、宜しければ御覧下さい。

こちらの投稿名も「ひろりん」です。

週末はカメラを両手にあちこち出かけており、なかなかそちらに行く事が出来ません。
E/Gオイルもフィルターも交換時期を過ぎているのですが・・・。(汗)
Commented by Toshi at 2007-03-23 20:10 x
ひろりんさん、
コメント有難うございます。
レースの画像を撮るのはホントに難しいでしょうね。
この頃走行画像を撮る機会が多く、
迫力を出せなくていつも悩んでます。
時間作って是非ご来店下さい。
ニューフェイスも入社しましたよ。
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by b-faction | 2007-02-17 22:24 | インプレッサ | Comments(4)

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