世界中でインプレッサは排気量を越えたモンスターマシンと互角に戦う。
大げさな話のように聞こえるかもしれないが、
スポーツカーの勝負画像を集めた海外のサイトを見た。
そこにはインプレッサWRXと、
インプレッサの最新型を
深く掘り下げる機会を設けた。

朝10時に幕が開くと熱い思いが望桜荘を満たした。
望桜荘は4月27日に完成した。
業務上の御付き合い先と、

盛塩して神事を進めた。
漏電を未然に防ぐ配線交換でお世話になった工事屋さんに感謝状を贈った。

工事にかかわった皆さんが、
「学ぶ機会が数多くあった」述べられたことだ。

なるべく自然な素材を使って欲しい。
便利でも昔は無かった材料は、
そんな願いを快く引き受け、
前向きに進めていただいた。

囲炉裏の間は絶好な空間となった。

お集まり戴いた皆さまと、
当社の会長が団らんする様子は、
「まったり」としていた。
まさに
昭和の臭いが漂う、

その時面白かったのは、
そしていよいよ、
5月3日から「こけら落とし」のイベントが始まった。

富士重工 商品企画本部の森宏志PGMから、
新型インプレッサ「WRX STI」について
深く語って頂いた。
中津スバルのスタッフも、
研究会の前に実車を使って講義を受けた。
この時間は、テクニカルな話題に溢れ、
質問も乱れ飛んだ。
森さんは初代レガシィで曲がる脚の開発に取組み、
GRBを完成させた、シャシーのエキスパートだ。
その代表作二つを前に、


日本で生まれた世界で活躍する「ホンモノ」だからだ。

S202も凄い。
徹底的に軽量化されたS202の中には、
友人からベントレーコンチネンタル マンソリー仕様を借りて、
テストの間一切数値的な情報を頭に入れず乗り比べた。
トルクウエイトレシオでは、ベントレーより、
軽いということは「立派な性能」なのだ。
思い出す度に乗りたくなるクルマだ。
丸目のインプレッサは、
重い、
さすが戦闘機メーカーの血統だ。
スポットライトを浴びながらデビューするものもあれば、
モデルイヤーの端境期に誕生する、玄人好みのクルマもある。
一昨日デビューしたS402も、当然手に入れる。
レガシィにたった400基だけ用意した専用エンジンを積んだ。
次はSTIならではの超軽量な、FWDモデルも出すといい。
「確信犯的要素」を持った、

造りたくて始めた訳ではない。
第二次世界大戦の終結という、
飛行機屋としての情熱をクルマ造りに注いだ。
平成の時代を迎え、眠りから覚めた。
そして世界を舞台に高性能車が競い合う、
まだ微力だったスバルワークスとしての威信も掲げていた。
大きな足跡を残したと思う。
忘れもしない。
レオーネスイングバック1.6リットル4WDは、
WRCに初めてチャレンジした第28回サファリラリーにおいて、
いきなりクラス優勝を果たした。
ドライバーは平林武氏だった。
伝説の日本アルペンラリーを制したこともある、
日本のトップドライバーの一人だろう。
その後、
サファリでスバルに乗ったビッグネームに、
話が前後するが、
パリダカの第一回目でスバルが大活躍したことを覚えているか。
そのドライバーが、
残念ながら、火災でリタイヤしたが、
英国の著名なレーシングドライバーだった彼の活躍で、
レオーネの存在は一躍有名になった。
その後来日し、
面白い「逸話」をいくつも残している。
このようなマラソンラリーで世界を驚かせたことは他にもあった。
ロンドン~シドニー3万キロラリーで「2代目」レオーネA34型は見事完走した。
耐久性を実証し世界をあっと言わせた世界初の4WD乗用車だった。
3代目レオーネのデビューでもチャレンジは続いた。
小関/高岡コンビはオーストラリア大陸縦断ラリーにFWD車で挑戦した。
デビューしたばかりのAB4型レオーネは見事に完走したが、
凄まじいラリーだった。
過酷なドライビングテクニックを要求された。
3代目レオーネは、
だから驚くほど多様のボディを揃え顧客の要求を満たしていた。
セダン、2ドアHT、3ドアHB、エステートバン、ピックアップ、
そしてツーリングワゴン。
遂にスバルはサファリラリーにステーションワゴンまで投入した。
この時、STI誕生の胎動を感じるクルマが生まれた。
ラリー専用車としてたった50台だけ生産された。
口コミだけで売り切った。
その頃、チームスバルには、
自動車ジャーナリストとして頭角を現し、
一度、御嶽山中でおこなわれたシェイクダウンテストに参加できた。
全日本ラリー仕様に仕立てられたAB5型レオーネHT RXは
排気圧力が明らかにノーマル車と異なり、
マフラーの出口に手を当てただけで違いを感じた。

当時の4WD車にはまだ4速MTしか用意されていなかった。
そこでデュアルレンジと呼ばれる副変速機を上手く使った。
まずギヤ比変更しクロスレシオに近づけた。
そして副変速機のレバーにストッパーをつけFWDに入ら無いようにした。
が、
スバルの販売環境は、もの凄く苦しかった。
昭和53年度規制という排気ガスの問題にどのメーカーも一区切り付けた。
すると1980代入りハイパワー化が再燃し、
日産はターボ、
スバルは新型エンジンの開発がままならず、
真摯な姿が当時もスバリストのハートを掴んでいた。
非力なエンジンでも、
悪路や雪道での速さと走行安定性が光った。
なにより世界で初めて、
それは、アウディが「クワトロ」でプレミアムスポーツの世界に復帰するより、
はるか以前の話だ。
「2WDより4WDの方が伝達効率に優れる」
という事は現在では当たり前だ。
ところがその当時はまだほとんど知られていなかった。
しかし、逆に現在では少々行き過ぎた感もある。
極端に4WDに偏向した商品戦略も考え物だ。
その頃、一度だけ高岡氏と話したことがある。
彼は、
クルマの運動性能上、良い点が多い」と語った。
その話を聞いて、
近い将来に後輪重視の4WDが生まれるなと予感した。
それは的中した。
ドライバーコントロールセンターデフ(DCCD)は、
そして高岡氏も夢だと公言していた、
WRCへの本格参戦が具体化した。
1989年、
英国プロドライブ社から、スバルに突然オファーがあった。
当時、彼らはWRCで常に勝てるような、優れた「素性」を持つクルマを探していた。
レガシィならその可能性を秘めていると、
確かにレガシィは、
20年以上通用する、
そして、フルタイム4WDをコアにした高速に耐える高剛性シャシー。
また、
これらをPRするために小関氏が選んだ方法が、
その過酷なチャレンジで、
それ以前の東京モーターショーにベンツが記録樹立車を展示したからだ。
コスワースの4気筒エンジンを搭載し、
しかしその記録は僅か2年でサーブに破られた。
そして直後、発表前のレガシィがそれを打ち破った。
約20年たった今も、
10万キロの平均時速223.345キロという結果は破られていない。
プロドライブと組み、
555タバコという強いスポンサーも手に入れたスバルは、
コリン・マクレーの活躍で初優勝を飾った。
そしてスバルの屋台骨をレガシィが背負い、
インプレッサWRXはWRCで勝つことを第一の目標にして活躍を始めた。
インプレッサをこよなく愛する理由は、

ラリーで再び輝くだろう。
再び勝負の世界で頂点に立つ日も近い。


気がつかなくてすみません。
また是非コメント下さい。
登壇の時、受けてましたか?
ゆっくり遊びに来て下さいね。

書き込みさせて頂いたのが当日の午前1時20分ですから・・・
お気付きになられないのは当然ですよね。
私の方こそ「今朝程、書き込みさせて頂きました」と
声をお掛けするつもりでしたが
タイミングを見失いました・・・・・
ピースと奥様と手をつないでのスキップ、ウケてましたよ!
(今、思い出しましたが昨年のカメラへ向かってのピースの方が
ウケてた様な・・・気がします)
現在私の方、GRBとGH2を自分の車として使っています。
昨年、新世代へ移行するスバルを自ら知るべしとこの2台体制としました
そこで知る事となったのがGH2ことFFの15Sの深いポテンシャルです。
そこで、FFのNAコンセプトを私も熱望するのです。
私がFFで育った環境もそうさせるのでしょうか?
もしご迷惑でなければいちど御社を見学させて頂き
社長様のお話を伺えればと思っております。
その節には15Sで自走してお伺いして
社長様のテストコースを走らせていただければ尚喜ばしい限りです。
以上、長々と大変失礼を致しました事をお詫び申し上げます。
AB型レオーネHT RXがラリーに対象をしぼっていたとは知りませんでした。当時はオフロードバイク専門でRXも父に運転させてもらいましたが、2WD+ツインキャブの気持ち良い加速や運動性能は忘れられません。
今は恐れ多くてGRBには手を出せませんが興味は深々(笑
新型ベースのWRCでの活躍が待ち遠しいです。
また、自動車アセスメントグランプリを獲得したように環境面&(相反する?)WRC等にチャレンジするスバルの熱い思いに賛同します!
望楼荘の復活コンセプトとホンモノ、とても素敵でした。

是非遊びに来て下さい。
先日、森PGMもご案内しましたが、
「アチコチにワインディングロードがあるのはいいですね」
とおっしゃっていただけました。
インプレッサ2台体制は良いですね。
小型車拡販に向かって御互い頑張りましょう。
先日は抽選していただけなくて
すみません。
シャッター閉めてたので
うっかりしました。
息子さんに申し訳ありませんでした。
RXは切り替え式4WDでしたから
FF走行も出来ましたが、逆にそれが
サスペンション設定が上手く決まらない要因でもあり、
スバルはいつも悩んでましたね。
4WDで設定したくても、
タイトコーナーブレーキング現象が出るし、
FFだとフロント荷重が抜けないようにしないと
前に進まないし。
その頃の苦労の蓄積があるから
思い切って割り切ったFFを
作ってほしいです。
1300Gの再来を期待しています。
森さんはナイスガイでしょう。
スバルにはああいう人がたくさん居て、
情熱を持ってクルマ造りをしています。
だからトヨタはスバルに自分達にないものを求めているのでしょう。
今度のアライアンス効果
期待して下さい。
僕は非常に前向きに考えてます。
5月17日の
日刊自動車新聞に
僕のインタビュー記事が載りました。
今思っていることを
端的にまとめていただいたので感謝してます。
望桜荘があるから
このような語りにも熱がこもったのでしょう。
社員が気がついて
教えてくれたのですが
こんな風に載ると思ってなくて
ビックリしました。