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富士重工の逆襲②

やはり、

インプレッサは熱い!
世界中でインプレッサは排気量を越えたモンスターマシンと互角に戦う。 
大げさな話のように聞こえるかもしれないが、 
スポーツカーの勝負画像を集めた海外のサイトを見た。 
そこにはインプレッサWRXと、
ランボルギーニ ムシエラゴや、
ベントレー コンチネンタルと勝負した動画があった。

スタートダッシュで勝負すると、
意外にもインプレッサが勝つ場面が目立った。 

インプレッサの最新型を
深く掘り下げる機会を設けた。
完成した望桜荘で開かれた研究会は活気に溢れた。

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大勢のお得意様や、
全国各地のスバリストが集まった。
朝10時に幕が開くと熱い思いが望桜荘を満たした。

望桜荘は4月27日に完成した。
それを記念し、
業務上の御付き合い先と、
簡単なセレモニーを開いた。
けじめが大切だと思ったからだ。
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朝から社員全員で会場を設営し、
盛塩して神事を進めた。
神主さんをお呼びした訳ではないが、
しきたりを学び社員の手で粛々と進めた。
建物の補修で苦労を掛けた大工さんや、
漏電を未然に防ぐ配線交換でお世話になった工事屋さんに感謝状を贈った。
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セレモニーで一番嬉しかった事は、
工事にかかわった皆さんが、
口をそろえて、
「学ぶ機会が数多くあった」述べられたことだ。
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照明はくれぐれも暗くして、
なるべく余分なエネルギーは使わないでほしい。

なるべく自然な素材を使って欲しい。
プラスターボードなど、
便利でも昔は無かった材料は、
なるべく使わずに進めよう。

そんな願いを快く引き受け、
前向きに進めていただいた。

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取材も重なり、
囲炉裏の間は絶好な空間となった。
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お集まり戴いた皆さまと、
当社の会長が団らんする様子は、
「まったり」としていた。
まさに
昭和の臭いが漂う、
なんともいえない「寄り合い」だ。
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その後、
29日にSAB(スバルアルシオーネベース)でバーベキューを楽しみ、
社員を労った
その時面白かったのは、
まるでレース場のパドックのような雰囲気になったことだ。

そしていよいよ、
5月3日から「こけら落とし」のイベントが始まった。
その目玉がWRX STI研究会だ。

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富士重工 商品企画本部の森宏志PGMから、
新型インプレッサ「WRX STI」について
深く語って頂いた。

中津スバルのスタッフも、
研究会の前に実車を使って講義を受けた。
この時間は、テクニカルな話題に溢れ、
質問も乱れ飛んだ。
森さんは初代レガシィで曲がる脚の開発に取組み、
GRBを完成させた、シャシーのエキスパートだ。
その代表作二つを前に、
熱く語って頂いた。
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インプレッサWRX STIを、
なぜ望桜荘で学んだのか。
                        
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その必然性を語りたい。

インプレッサWRXは、
日本で生まれた世界で活躍する「ホンモノ」だからだ。

我々が誇れる「4WDスポーツ」を、
原点に戻ってその成り立ちから学ぶことは、
今後のメンテナンスにも大きく役立つ。
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誕生から現在に至り、
最強のインプレッサは何か。
それはGDBの最後に世に出た、
「STI specC typeRA-R」だ。
 
S202も凄い。
それは以前にも述べた。
 
徹底的に軽量化されたS202の中には、
狂気すら感じる。
 
友人からベントレーコンチネンタル マンソリー仕様を借りて、
200kmほど走らせたことがある。
S202とベントレーのトルクウエイトレシオは、
非常に興味深かった。
テストの間一切数値的な情報を頭に入れず乗り比べた。
もちろんベントレーの方が速くて快適なのは当たり前だ。
しかし思ったとおり勝っている点があった。
トルクウエイトレシオでは、ベントレーより、
S202の方が優れていた。
軽いということは「立派な性能」なのだ。
思い出す度に乗りたくなるクルマだ。
丸目のインプレッサは、
市場から理解されなかった。
そんな時に突然誕生したS202は、
時代の寵児だったのだろう。
 
重い、
顔が気に入らない、
と評価は散々だった。 
さすが戦闘機メーカーの血統だ。
窮地に追い込まれた時、
その底力には目を見張るものがある。
スポットライトを浴びながらデビューするものもあれば、
モデルイヤーの端境期に誕生する、玄人好みのクルマもある。

いつも、これには参ってしまう。 
一昨日デビューしたS402も、当然手に入れる。
レガシィにたった400基だけ用意した専用エンジンを積んだ。
6速MTだけに絞り車幅を拡大してタイヤもサイズアップ。
熟成された走りが楽しみだ。 

次はSTIならではの超軽量な、FWDモデルも出すといい。
ある意味、 
「確信犯的要素」を持った、
ナローボディのインプレッサも300台でいいから誕生させて欲しい。

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昔から基本的に発動機メーカーだ。
ということは今のスバルもエンジンを開発することに重きを置く。
いろいろな事情で、初めは軽自動車から量産したが、
造りたくて始めた訳ではない。

第二次世界大戦の終結という、
激動の時代から立ち上がるために、
飛行機屋としての情熱をクルマ造りに注いだ。

平成の時代を迎え、眠りから覚めた
そして世界を舞台に高性能車が競い合う、
WRC(世界ラリー選手権)に本格参戦した。

そこからの歴史を知る人は多いが、
昭和の頃を知る人がどれくらいいるだろうか。

昭和の時代も富士重工はモータースポーツに力を注いでいた。
社員がサファリラリーなどに参戦し、
僅かではあるが世界を舞台に戦った。
小関典幸氏の功績だ。
プライベーターの形で参戦していたが、
まだ微力だったスバルワークスとしての威信も掲げていた。
彼は日本のモータースポーツ界に、
大きな足跡を残したと思う。
忘れもしない。
1980年4月の事だ。
レオーネスイングバック1.6リットル4WDは、
WRCに初めてチャレンジした第28回サファリラリーにおいて、
いきなりクラス優勝を果たした。
その思い出は鮮烈だ。
ドライバーは平林武氏だった。
伝説の日本アルペンラリーを制したこともある、
日本のトップドライバーの一人だろう。
その後、
サファリでスバルに乗ったビッグネームに、
ビック・エルフォードがいる。

話が前後するが、
パリダカの第一回目でスバルが大活躍したことを覚えているか。
青いレオーネスイングバックは、
まるで独楽鼠のように砂漠を走った。

一時トップを独走し、
専用に開発されたオフロードマシンを操るドライバーを驚かせた。
そのドライバーが、
ビック・エルフォードだ。
残念ながら、火災でリタイヤしたが、
英国の著名なレーシングドライバーだった彼の活躍で、
レオーネの存在は一躍有名になった。

その後来日し、
当時チームスバルでトップドライバーを務める清水和夫氏らが接待した。
ここでは書けないが、
面白い「逸話」をいくつも残している。

このようなマラソンラリーで世界を驚かせたことは他にもあった。
1977年に開催された、
ロンドン~シドニー3万キロラリーで「2代目」レオーネA34型は見事完走した。
耐久性を実証し世界をあっと言わせた世界初の4WD乗用車だった。
そのドライバーを務めたのが小関と高岡祥郎、自動車評論家の岡崎宏司氏だった。
息子さんの五郎氏も現在ジャーナリストとして活躍中だ。
3代目レオーネのデビューでもチャレンジは続いた。
4輪駆動車の発表が半年以上遅れることもあり、
小関/高岡コンビはオーストラリア大陸縦断ラリーにFWD車で挑戦した。
デビューしたばかりのAB4型レオーネは見事に完走したが、
凄まじいラリーだった。
延々と続く急な下り坂を、バックギヤで前輪を逆転させしのいだり、
過酷なドライビングテクニックを要求された。

3代目レオーネは、
その当時スバルの持つ唯一の小型車だった。
だから驚くほど多様のボディを揃え顧客の要求を満たしていた。
セダン、2ドアHT、3ドアHB、エステートバン、ピックアップ、
そしてツーリングワゴン。
遂にスバルはサファリラリーにステーションワゴンまで投入した。

そして最終的に選んだ戦うマシンは2ドアHTになった。
この時、STI誕生の胎動を感じるクルマが生まれた。
ラリー専用車としてたった50台だけ生産された。
スペシャルマシンだったが、ナンバーも取得できた。
僅か50台はチームスバルに関連するメンバーに、
口コミだけで売り切った。

その頃、チームスバルには、
清水和夫氏が在籍していた。
自動車ジャーナリストとして頭角を現し、
論理的にクルマを解析できるうえ、
執筆力にも長け語学にも優れファンをどんどん増やしていた。
一度、御嶽山中でおこなわれたシェイクダウンテストに参加できた。

全日本ラリー仕様に仕立てられたAB5型レオーネHT RXは
排気圧力が明らかにノーマル車と異なり、
マフラーの出口に手を当てただけで違いを感じた。
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                       ※赤のレックスコンビ4WDを持ち込みデビューしたばかりの新車を雪上で振り回した。
                               レックスの左隣が若かりし頃。中央でしゃがんでいる水色のジャケットの男性は清水氏

当時の4WD車にはまだ4速MTしか用意されていなかった。
そこでデュアルレンジと呼ばれる副変速機を上手く使った。
まずギヤ比変更しクロスレシオに近づけた。
そして副変速機のレバーにストッパーをつけFWDに入ら無いようにした。
そうすることで8速フルクロスのトランスミッションとして使えるようになった。
が、
どこまで実戦で役立ったのか、
それは藪の中だ(笑)

スバルの販売環境は、もの凄く苦しかった。
昭和53年度規制という排気ガスの問題にどのメーカーも一区切り付けた。
すると1980代入りハイパワー化が再燃し、
日産はターボ、
トヨタはツインカムと、
明確に路線を決め鍔競り合いを繰り広げた。
スバルは新型エンジンの開発がままならず、
動力性能の差を独自のパートタイム4駆で埋めた。
その武器だけで戦う姿に輝くものを見た。
真摯な姿が当時もスバリストのハートを掴んでいた。
非力なエンジンでも、
悪路や雪道での速さと走行安定性が光った。
なにより世界で初めて、
「高速道路を4輪駆動車で安全に走れる」ことを実証した。
それは、アウディが「クワトロ」でプレミアムスポーツの世界に復帰するより、
はるか以前の話だ。
「2WDより4WDの方が伝達効率に優れる」
という事は現在では当たり前だ。
ところがその当時はまだほとんど知られていなかった。

しかし、逆に現在では少々行き過ぎた感もある。
極端に4WDに偏向した商品戦略も考え物だ。

その頃、一度だけ高岡氏と話したことがある。
彼は、
「4輪駆動車でも後輪により多くトルクを配分した方が、
クルマの運動性能上、良い点が多い」と語った。
その話を聞いて、
近い将来に後輪重視の4WDが生まれるなと予感した。

それは的中した。
ドライバーコントロールセンターデフ(DCCD)は、
インプレッサWRXの重要な役割を担っている。

そして高岡氏も夢だと公言していた、
WRCへの本格参戦が具体化した。

1989年、
英国プロドライブ社から、スバルに突然オファーがあった。
当時、彼らはWRCで常に勝てるような、優れた「素性」を持つクルマを探していた。
レガシィならその可能性を秘めていると、
WRCに参戦することを促した。
確かにレガシィは、
スバルに足りなかった全ての要素を満たしていた。
20年以上通用する、
超高性能な水平対向エンジン。

小型車の常識を覆す、
重いプレスマシーンで作られたスタイリッシュなボディ。
そして、フルタイム4WDをコアにした高速に耐える高剛性シャシー。
また、
ネーミングをはじめ、
新しいプレミアムブランドへ店づくりから挑戦した。
これらをPRするために小関氏が選んだ方法が、
「世界速度記録への挑戦」だった。

その過酷なチャレンジで、
メルセデスベンツが記録更新したことを知っていた。
それ以前の東京モーターショーにベンツが記録樹立車を展示したからだ。

コスワースの4気筒エンジンを搭載し、
ナルドサーキットで世界記録を達成。
しかしその記録は僅か2年でサーブに破られた。
そして直後、発表前のレガシィがそれを打ち破った。
約20年たった今も、
10万キロの平均時速223.345キロという結果は破られていない。

プロドライブと組み、
555タバコという強いスポンサーも手に入れたスバルは、
コリン・マクレーの活躍で初優勝を飾った。
そしてWRCで勝つために、
インプレッサWRXを開発しバトンを渡した。

そしてスバルの屋台骨をレガシィが背負い、
インプレッサWRXはWRCで勝つことを第一の目標にして活躍を始めた。

インプレッサをこよなく愛する理由は、
そういう流れの中にある。

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最新インプレッサWRXの研究会を終え、
ラリーで再び輝くだろう。

渾身の力でGRB型のWRXは開発された。
再び勝負の世界で頂点に立つ日も近い。

昭和の時代を振り返りながら、
スバルの足跡を辿った。

するとこれからどこへ行こうとしているのか、
少し朧げではあるが道が見えた。

今後の活躍が期待できる。

Commented at 2008-05-13 01:21 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2008-05-13 15:35 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by b-faction at 2008-05-15 20:12
お台場から帰ってからコメント見ました。
気がつかなくてすみません。
また是非コメント下さい。

登壇の時、受けてましたか?

Commented by b-faction at 2008-05-15 20:13
まさみさん、肖像権、事後承諾有難うございました(笑)
ゆっくり遊びに来て下さいね。
Commented by 田辺自動車販売 田辺 猛 at 2008-05-16 00:49 x
早速のコメント有難う御座います。
書き込みさせて頂いたのが当日の午前1時20分ですから・・・
お気付きになられないのは当然ですよね。
私の方こそ「今朝程、書き込みさせて頂きました」と
声をお掛けするつもりでしたが
タイミングを見失いました・・・・・
ピースと奥様と手をつないでのスキップ、ウケてましたよ!
(今、思い出しましたが昨年のカメラへ向かってのピースの方が
ウケてた様な・・・気がします)

現在私の方、GRBとGH2を自分の車として使っています。
昨年、新世代へ移行するスバルを自ら知るべしとこの2台体制としました
そこで知る事となったのがGH2ことFFの15Sの深いポテンシャルです。
そこで、FFのNAコンセプトを私も熱望するのです。
私がFFで育った環境もそうさせるのでしょうか?

もしご迷惑でなければいちど御社を見学させて頂き
社長様のお話を伺えればと思っております。
その節には15Sで自走してお伺いして
社長様のテストコースを走らせていただければ尚喜ばしい限りです。

以上、長々と大変失礼を致しました事をお詫び申し上げます。




Commented by WillyJr at 2008-05-16 22:31 x
こんばんは、先日は貴重なお時間を頂きありがとうございました。

AB型レオーネHT RXがラリーに対象をしぼっていたとは知りませんでした。当時はオフロードバイク専門でRXも父に運転させてもらいましたが、2WD+ツインキャブの気持ち良い加速や運動性能は忘れられません。
今は恐れ多くてGRBには手を出せませんが興味は深々(笑
新型ベースのWRCでの活躍が待ち遠しいです。
また、自動車アセスメントグランプリを獲得したように環境面&(相反する?)WRC等にチャレンジするスバルの熱い思いに賛同します!

望楼荘の復活コンセプトとホンモノ、とても素敵でした。
Commented by ミヤシタ at 2008-05-18 01:54 x
先日は大変楽しく参加させていただきました。コメント今頃遅い、なんて思わないで下さいね。帰宅後、森さんの顔写真がいただいたパンフに載っているのを発見し、妻と歓声をあげました。でも望櫻荘でのラフな印象と背広姿がどうも結びつかなくて。なんて言ったら失礼ですね、車両開発のボスを捕まえて。 このコメント欄をお借りして申しあげますが、今NHKの土曜ドラマで「トップセールス」という番組をやってます。8回シリーズのもう6回を終えてしまったのですが70年、80年代の車のセールスをヒロイン役の夏川結衣さんが熱演されています。時代背景を盛り込みながら現代にも通ずる考えさせられる点もある車とヒトとの繋がりを描いています。「車を売ることはお客様の未来をつくること」―
Commented by b-faction at 2008-05-19 16:32
田辺さん
是非遊びに来て下さい。
先日、森PGMもご案内しましたが、
「アチコチにワインディングロードがあるのはいいですね」
とおっしゃっていただけました。

インプレッサ2台体制は良いですね。
小型車拡販に向かって御互い頑張りましょう。
Commented by b-faction at 2008-05-19 16:39
WillyJr さん
先日は抽選していただけなくて
すみません。

シャッター閉めてたので
うっかりしました。
息子さんに申し訳ありませんでした。
RXは切り替え式4WDでしたから
FF走行も出来ましたが、逆にそれが
サスペンション設定が上手く決まらない要因でもあり、
スバルはいつも悩んでましたね。
4WDで設定したくても、
タイトコーナーブレーキング現象が出るし、
FFだとフロント荷重が抜けないようにしないと
前に進まないし。

その頃の苦労の蓄積があるから
思い切って割り切ったFFを

作ってほしいです。

1300Gの再来を期待しています。
Commented by b-faction at 2008-05-19 16:45
ミヤシタさん
森さんはナイスガイでしょう。
スバルにはああいう人がたくさん居て、
情熱を持ってクルマ造りをしています。

だからトヨタはスバルに自分達にないものを求めているのでしょう。

今度のアライアンス効果
期待して下さい。
僕は非常に前向きに考えてます。
5月17日の
日刊自動車新聞に
僕のインタビュー記事が載りました。
今思っていることを
端的にまとめていただいたので感謝してます。

望桜荘があるから
このような語りにも熱がこもったのでしょう。

社員が気がついて
教えてくれたのですが
こんな風に載ると思ってなくて
ビックリしました。

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by b-faction | 2008-05-11 18:02 | 社長の活動 | Comments(10)

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by b-faction